『空気人形』 (2009年 日本) 6.0点。

『空気人形』 (2009年 日本)
監督: 是枝裕和
出演: ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、高橋昌也、余貴美子

【点数】
★★★★★★☆☆☆☆ / 6.0点

ひとはなぜ生きるのか。

この問いには、ある転倒が加えられている。街の灯りに照らされて、長くのびた影法師がふたつ。もの静かな青年、ジュンイチの影はそこにあるのに、ノゾミの影は透きとおってしまう。生きることがじぶんを象る人間と、何かのために生みだされた人形の、生命と非生命のあいだ、はからずもさしのばされたふたりの距離感はおごそかにも残酷な解をほのめかし、その一方で観るものを突き放す。

業田良家による原作「空気人形」に着想を得た是枝は、カメラマンに「夏至」「花様年華」などで知られる名伯楽、リー・ピンビンを起用した。ふいに心を宿し、この世界に生まれ出ずるラブ・ドールに扮したのは、「リンダリンダリンダ」で日本にも知られる韓国人女優ペ・ドゥナだ。異邦人のまなざしと、無垢な人形の捉えた日常はあたかも異界のようで、見なれたはずの街並みを掘り起こし、あたらしく取り出してみせた。

たがいの空虚が響きあう現代に、ありふれた宿痾とも呼ぶべき孤独をいまいちど手に取り、たしかめようとするのではなく、そっと見つめる。是枝が得手としている奇蹟の不在はこの物語においても引き継がれており、人形の主人でもある中年男性には願望のないまぜになった独白を、かつて代用教員をしていた老人には、語り部として吉野弘の詩を託した。

「生命はそのなかに欠如を抱き、それを他者から充たしてもらうのだ」

その欠如と充足とは、うばい合い、あたえ合う、生の秘蹟にほかならない。

孤独は、ときに甘美な嘘をつく。つながりという口吻は人々を魅了し、卑小な連帯への囲い込みをやめようとしない。ひとはもとより平等でも絶対でもなく、誰しもが個別の時とばあいを生きている。だが、それが不実な慰みと知っていても、ひとは誰かを愛さずにいられない。

無垢なる魂の物語は、その極点を官能のなかに迎えた。腕に傷を負い、流れ出たものは血ではなく、空気だ。からっぽな人形は愛するものの呼気に充たされてはじめて肉を手に入れ、愛するものを充たそうとして肉を喪う。そのやりとりは哀しくも、滑稽だ。

ありうべきおとぎ話を引き受けて、我々は現実へと立ち戻らねばならない。空白を乗りこえるものは空白であり、美しいことばの孕むまぼろしではない。人形のため息が風をわたるとき、われらもひとつ、呼吸をかぞえる。

(Written by うえだしたお)

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