『愛のむきだし』(2008年、日本) ―8.5点。奇跡の237分、大作邦画

『愛のむきだし』(2008年、日本) 237min
監督・脚本・原案: 園子温
出演者: 西島隆弘、満島ひかり、安藤サクラ、尾上寛之、清水優、永岡佑、広澤草、玄覺悠子、中村麻美、渡辺真起子、渡部篤郎

【点数】
★★★★★★★★☆ / 8.5点

映画史において、「奇跡の映画」と称される作品がある。

その時、その瞬間だけ、才能ある人間たちが集って注力してこそ成せる技のようなもの。『愛のむきだし』もまた、まるで奇跡を見ているかのような映画だった。

第59回(2009年)ベルリン映画祭に出品され、「カリガリ賞」「国際批評家連盟賞」、第83回キネマ旬報ベスト・テンにおいて、主演の西島隆弘が「新人男優賞」、助演の満島ひかりが「助演女優賞」、国内国外問わず名立たる賞で受賞し、絶賛を浴びた邦画の傑作である。

近年、2000年以降の邦画の中では最高傑作との声も高く、00年代の邦画ベスト10では必ずランクインする。とにかく、上映時間が例外的に長いにも関わらず、ポップな内容で世界的に高い評価を受けること自体が奇跡的な映画と言える。

そんなに予算に恵まれた作品ではないだろうが、多彩で個性的な登場人物と、物語の連続で、4時間にも及ぶ長さを全く感じさせない怒涛のエンターテイメントである。ドラマのようにも思えて、ギリギリのところでしっかり映画としても成り立っている。

さて、あらすじは、厳格なクリスチャンに生まれた息子ユウ(西島)が、自分のマリアを探すという純愛ストーリー。しかし、複数の人物の性癖が絡み合い、0教会という新興宗教との対決が純愛を阻む。原罪ともいえる性癖、つまり「変態」として生きることと、そこにある愛に関して、盗撮と勃起というテーマをキーにして問う。純愛がより深く、変態の宿命を描くというのか。それによって二元論的な恋愛ストーリーを超越している。

本作は370ページに及ぶような長編でありながら、無駄なくテンポよく構成されたこの脚本がいい。そしてセリフが特に各自の視点に拘っていて人物の特徴をよく描き出せている。「盗撮と原罪」の世界へと入ってしまったユウの生い立ち、「カートコバーンとキリストが最高の男」とするヨーコ(満島)、親からの愛を受けず、17の職業を持ち新興宗教の幹部となるコイケ(安藤)。そんな各自の語りのナレーションがいい。3人の主要人物の人生を描き、それが密接に絡み合うストーリー。複数の視点からこの映画の世界の輪郭が描かれる。さらには予想外の方向に進み行く先の読めないストーリーが非常に秀逸だ。

コイケの小鳥であったり、マリアの像、さそりの衣装、小道具の使い方も上手く、また脇役の演技陣も個性的で面白い。園子温監督自身が詩人でもあるためか、言語のセンスが浮き立ち、園ワールドが妥協なく表現されている。原案から脚本まで全て担当しているだけある。

3人の人生が237分の中で怒涛のように迫ってくる。監督の感性だけでなく、まだ初々しさの残る21歳の年齢で演じ切った俳優人の演技によって成された奇跡としか言いようのない映画だと思った。さらに音楽もゆらゆら帝国。このコラボレーションは信じられない。

芸術か、娯楽作か、それとも実験映画なのか。

このなんともジャンルで言いがたい点が、また一つ新鋭的であり、新しい映画への挑戦であるのかもしれない。

もしかすると、この作品は日本社会における特質な若者たちの叙事詩ではないだろうか。実話を下にして作られていることもあり、現代社会へのメッセージにも感じられる。何を信じていいのか分からない無宗教のこの国で、信じるものは何か。愛とは何か。そうした問いかけと共に、勃起、盗撮、クリスチャン、信仰、宗教、洗脳。こうした言葉の本質にあるものが描かれる。

むきだしの愛。愛のむきだし。
僕らは、どこまで、むきだしのまま生きてゆけるのか。

さあ、この作品には説明は要らないのかもしれない。自身の目で奇跡の237分を見ることで救われるであろう。

Express of ”Love Exposure.”

(Written by kojiroh)

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