『冷たい熱帯魚』(2010年、日本) 146min
監督・脚本: 園子温
出演: 吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり、渡辺哲
【点数】
★★★★★★★★★☆ / 9.0点
※リアルタイム映画批評
平穏な家庭のようで、活気のある熱帯魚屋のようで、何かが狂っている。
何かが起こりそうな不気味な家庭と街、熱帯魚。
冒頭から神楽坂恵が冷凍食品をカートに入れて荒々しく買い物をし、食卓を作るシーン、これをしょっぱなから展開させるという狂った発想。オープニングから30分してようやく「冷たい熱帯魚」のタイトルが登場する遊び心にも惹きつけられる。
こんな引き込み方をする映画は今まであっただろうか?
どう転ぶか分からない展開に2時間半、冒頭からクライマックスまで、釘付けになった。
いや、園監督は本当に自分の世界に観客を引き込ませる天才だ。
…
さて、筆者は早稲田松竹にて園子温監督の特集上映を見に行った。『冷たい熱帯魚』と『紀子の食卓』の二本立てだった。マニアックな監督の作品のはずなのに、立ち見上映になるほど園子温フリークで狭い早稲田松竹は埋め尽くされていた。上映される時はなにやら熱気も感じた。
まず一作目は『冷たい熱帯魚』。
名前からは想像もできないような強烈な猛毒映画で衝撃を受ける。
園子温本人が自らの最高傑作と認める『冷たい熱帯魚』は、実際の猟奇殺人事件からインスパイアされた映画だ。ストーリーは、小さな熱帯魚店を経営する社本一家の娘のトラブルで、同じく熱帯魚店を経営する村田幸雄に助けられて交友を持ち、一緒にビジネスをやることを持ちかけられるのだが、彼の悪魔のような驚愕のビジネスに巻き込まれてゆく…。
強烈な個性と狂気の域まで達する演技陣、何かを心に溜め込んで歪んでいる人々の侠気が映し出されている。神経衰弱した熱帯魚屋の店長、ズボラで駄目だが欲深い奥さん、熱帯魚ビジネスを大規模に展開すお金持ちオーナーの村田、謎めいた妖艶な村田の妻、不用意にカットせず、長回しで迫真の演技を見せる迫力は尋常ではない。
いつもの園子温流の個人に迫ってナレーションで心情や人生を語るような手法は封印し、ひたすら狂った事件を不気味に、謎めいた視点から描き、突如として嵐のようにやってきて巻き込まれる事件、そこからはスプラッターサスペンスだ。それでいてユーモアやエンタメ要素もある、なんとも不思議な映画だ。
この手のジャンルの映画ならば、三池の『殺し屋1』があるが、それにも匹敵するすさまじい残酷描写、しかしその中にもちゃんとした人間哲学である。
「警察を、やくざを敵に回してでも、俺は自分の足で、一人で立ってるんだ」
でんでん扮する怪物”村田”の狂気の演技が忘れられない。
時に長回しでノーカットで見せる異常なテンションでしゃべり、怒鳴り、そしてスプラッターの世界へ。まさに怪物。よくもまあ、こんな人物像をフィルムに焼き付けることができた。それには脱帽するしかない。本作のでんでんの演技は、『イングロリアス・バスターズ』のクリストファ・ヴォルツに匹敵する、それほどの狂気、殺意がある。
しかし言うなれば、この映画の人物は全員、狂人だ。
安泰な日常に身を置いて何かに我慢し続けているが、過去のコンプレックスと戦い続けているが、日常と言う砂漠によって思考停止し、怠慢ながらも日常を守り続けることを選び、結果として気がついた時には狂っている。
園監督はいつも、そんなのほほんとした日本人を徹底的に否定し、そして破壊してくれる。
『紀子の食卓』や『愛のむきだし』でもそうだが、安泰に思われた家庭が一つの事件によってたやすく崩壊する様を描いているのだ。
社会的に家族が崩壊、そして個人も人格崩壊。彼の描く日本人像は、永遠に続く安全な日常、そこで淡々と生きつつも何かが壊れている表面的な家庭、それを盛大に、時に残酷なまでにぶっ壊すのだ。
本作では、日常の不満を口に出さず神経を衰弱させておどおどして、何事も他人任せでのほほんと生きている男の人生を、人の弱みに付け込んで利用する狂人によって破壊される。
それによって初めて、「人生は痛い」ものだと気付くのであった。
というわけで個人的な趣味もあるが、ここ10年間ぐらいで最もすばらしい日本映画かもしれない。観終わった後に、そう思わせるほどの力がある、あまりにも強烈な映像世界だった。
Written by kojiroh
こんにちは この作品のベースは実話だそうで こんなことが日本でと・・・
追い込まれると人間どこまで行くのかと でも日常そういうことに巻き込まれる
こともあり得る・・・
いつもコメントどうもです。
実話と言っても園監督のことなのでかなり脚色して過剰演出してるとは思いますが、怠慢な日常が狂気の夫婦によって破壊されて狂ってゆく様がリアルで現実味がありますよね。でんでんが賞そうなめにしただけあってすごい迫力でした。