『マッハ!!!!!!!!』(2003年、タイ)―7.0点。驚愕のムエタイ・アクション映画


『マッハ!!!!!!!!』(2003年、タイ)―108min
監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ
脚本:スパチャイ・シティアンポーンパン
出演:トニー・ジャー、ペットターイ・ウォンカムラオ、プマワーリー・ヨートガモン etc

【点数】 ★★★★★★★☆☆☆/ 7.0点

とりあえず一言。アクションすげええ!!

早回し、CGやワイヤー、スタントマンなどを一切使わずムエタイで培われた技術と肉体のみによって作られた驚愕のアクション映画。

主演のトニー・ジャーはタイのジャッキーチェンのような領分。

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◎あらすじ
敬虔な仏教徒たちが暮らすのどかなタイの田舎の村である日、村の信仰の象徴である仏像“オンバク”の首が切り落とされ、盗まれてしまう。犯人は、コム・タン率いるバンコクの密輸団と手を組むこの村出身のドンと判明。以来、村人たちは悲嘆に暮れ、災いの到来に怯える日々。そこで村の長老たちは、古式ムエタイを極めた最強の戦士・ティンに“オンバク”の首の奪還を要請した村の切実な希望を託されたティンは、さっそくドンの捜索にバンコクへと向かうのだが…。<Allcinemaより>

奪われた仏像を求めてバンコクへ。仏教国らしいストーリーが単純だけれど物珍しく感じる。
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大都会で金にまみれてイカサマを繰り返す昔の村人と、都会で汚れた心を田舎のティンが浄化するような単純明快な話だ。仏像を求める話ではあるが、田舎の修行僧の仙人のようなムエタイファイターが、拝金主義のバンコクを成敗するかのごとく、激しいノンスタントアクションでバンコクの街をマッハで駆け巡る。

タイでおなじみの乗り物・トゥクトゥクがアクションで使われて壮大にクラッシュするシーンなんかはタイ独自のもの。
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めちゃくちゃだがそれを超人的なアクションで押し切る。
とにかく力技。よくここまでできたなと驚きの連続であった。

まあ一言で言うと、98%トニー・ジャーの映画です。
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ぶっちゃけストーリーなんてあんまり面白くない。あるようでないようなもの。つまりアクションさえ楽しめればいいですって映画だ。

無駄に敵が最後までしぶとく、ハリウッド的なべたべたな展開でちょっとうっとおしくもある。

とにかく前代未聞のムエタイ・アクションを前編で見れて、タイのバンコクの町並みや文化を見れる点はタイ好きな筆者としては非常に満足のいく一作であった。

kojiroh

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『インビジブル・ウェーブ』(2006年、タイ)―70点。浅野×雰囲気系ロードムービー


『インビジブル・ウェーブ』(2006年、タイ)―115min
監督:ペンエーグ・ラッタナルアーン
脚本:プラープダー・ユン
撮影:クリストファー・ドイル
出演:浅野忠信、カン・ヘジョン、エリック・ツァン、光石研、マリア・コルデーロ 、トゥーン・ヒランヤサップ、久我朋乃etc

【点数】 ★★★★★★★☆☆☆/ 7.0点

タイ映画のニューウェーブ、ペンエーグ・ラッタナルアーン監督が、『地球で最後のふたり』に続き、浅野忠信とタッグを組んだ作品。日本ではほとんど話題にもなっていないが、国際的にも独自の評価を持つ一作だ。

普通のレンタル屋にはないが、渋谷ツタヤに並んでいたので筆者は早速鑑賞。


◎あらすじ
香港のレストランで料理人として働くキョウジは、店主であるボスの妻と秘密の情事に溺れていた。しかし、ボスから彼女の殺害を命じられ、やむなく毒殺を実行する。任務を果たしたキョウジは、ボスから休暇を言い渡され、タイのプーケット島へと向かう船に乗り込む。船上で彼は、ミステリアスな女性ノイと出会うが…。<ALL cinemaより引用>

香港とタイを舞台に、国際色豊かな映像美を見せる。
『インファナル~』のエリック・ツォンも出演しているあたりが思わずにやり。

冒頭からとにかく独自の薄暗い撮影・色彩、静寂な音楽でムードを引き立てる。『地球で最後のふたり』と同様のテイスト、同様の主人公で、アナザーストーリーのような印象を受けた。

ストーリーはあるようでない。特に前半のくだりは映像遊びというか、ほとんど意味のない冗長さが目立つ。マニアには嬉しい遊びだが、ほとんど退屈なシーンの連続には少し疲れるかもしれない。

本作は完全なる雰囲気系の映画だが、ロン毛の浅野忠信の存在感と、フォーカスを巧みに動かすクリストファードイルの撮影、そしてラッタナルアーンの遊びがきいた演出には、正直、ファンにはたまらない。

そして人生の本質に迫るような格言が散りばめられていて、なんだか記憶に残るシーンがある。

プーケットのロケもいい。タイ王国好きな筆者にはたまらない。
カラオケを歌う光石研も怪演であるがハマッている。後半、ストーリーが加速し始めて収束に向かい始め、ようやく面白くなってくる。

それにしても、
ラッタナルアーンの作品には全般、仏教的観念が深く結びついている。罪はいつ許されるのか?「悪い事をしてきたから、いかに退屈なであろうと、罪滅ぼしとして辛い仕事をしている」と淡々と語る船上のバーのマスター。仏教的なカルマの観念を感じる。

シリアスなようで、寡黙なようで、しゃれたおしゃべりや南国っぽいユーモアがある。やるかやられるかのシーンでも、奇妙な間と、人生に対する悟りのようなおかしさで、独特のテンションを作品全体に漂わせる。

一般受けはしないカルト映画であるが、浅野と光石など日本勢を始め、アジア異国の才能が集結して生まれた一つの異色なロードムービーとして意味のある一本だと思う。

『地球で最後のふたり』でもそうだが、この監督の作品にはなぜかもう一度見たくなるシーンがあるのです。

kojiroh

『シックスティ・ナイン 6ixtynin9』(1999年、タイ)―6.5点。才気漂う新鋭的タイ映画


『シックスティ・ナイン 6ixtynin9』(1999年、タイ)―114min
監督:ペンエーグ・ラッタナルアーン
脚本:ペンエーグ・ラッタナルアーン
出演:ラリター・パンヨーパート、タッサナー・ワライ・オンアーティットティシャイ etc

【点数】 ★★★★★★☆☆☆/ 6.5点

6が、9になる。
よくネタになる世界共通の数字遊び。If 6 was 9.こんな曲もあったなと思い出すような、6と9を間違えたことによるタイのサスペンス映画が本作。鬼才、ペンエーグ・ラッタナルアーンの長編第二作にして、タイのタランティーノと形容され、国際的にも評価を得た出世作。

カルト映画な本作を、筆者は渋谷のツタヤで発見して早速鑑賞。

◎あらすじ
ファイナンス会社の秘書として働くトゥムは、ある朝突然リストラされる。ショックから自殺まで考える始末。その翌朝、彼女のアパートのドアの前に段ボール箱が置かれていた。中にはなんと100万バーツの大金。その金はヤクザの運び屋が9号室に届けるハズの金で、たまたま彼女の部屋の番号札のクギが外れて6が9になっていたための間違いだった。そうとは知らずに喜ぶトゥムだったが……。(All cinemaより引用)

『エルマリアッチ』を思い出すような、低予算かつ自主制作の臭いがする映画だが、よくできたサスペンスだった。

ドアの前のショットがこれほど印象的な映画はなかなかない。奇抜なアイディアと現実感のない、現実と幻想・妄想が入り混じるシーンが、何が本当なのか観客を惑わす。

漫画のような展開で次々と死体の山が築かれる。明るい物語でないが妙に笑えるのが、タイ人の「マイペンライ」なノリなのだろうか。タイ王国が好きな筆者としては非常に楽しめる映画であった。


タランティーノ的なユーモアと爽快なタッチ、入り組む複数の人物とエピソード。

タイの文化を取り入れつつヒッチコックやデ・パルマ、タランティーノ的な映画に挑戦したことは評価できる。カギや足、電話など、極端なズームアップのショットはなかなか。黒電話のベルが鳴り、リボルバーを口に入れるシーンなんかは一級だ。

この作品全体の空気観なんかはいいのだが、しかしやはり脚本があまりにも漫画すぎるというか現実感なさすぎて、登場人物もアホすぎる。ギャグのようなレベルなのだが人が死にすぎるし、なーんかどっぷりこの世界にはまる事はできないサスペンスだったか。

といっても印象的な場面も多く、ペンエーグ・ラッタナルアーン監督の才気を十分に感じる傑作であることは疑いようが無い。最後のこの一文の挿入なんかはセンスを感じた。

“神様が贈り物をくださる時は、同時にムチもお与えになるものだ” 
――トルーマン・カポーティー(小説家)

※参考 インタビュー@『ヘッドショット』東京国際映画祭
http://2011.tiff-jp.net/news/ja/?p=4597

kojiroh

『ワン・テイク・オンリー』(2001年、タイ) ―6.5点。オキサイド・パンの描く裏バンコク


『ワン・テイク・オンリー』(2001年、タイ) 90min
監督・原案・脚本・編集::オキサイド・パン
出演:パワリット・モングコンピシット、ワナチャダ・シワポーンチャイ

【点数】
★★★★★★☆☆☆ / 6.5点

サブタイトル、Bangkok for sale.

『レイン』と『the EYE【アイ】』で有名な香港出身ながらもタイを舞台に映画を作るオキサイド・パン監督の長編第二作。本作は兄弟ではなくオキサイドパン一人で手がけているためか作家性がよく現れている。

タイのストリートを舞台にした青春ドラマ。麻薬の売人と売春婦になった少女、彼らの悲劇をスタイリッシュな映像で鮮烈に描き出す。

本作は2002年のロッテルダム国際映画祭などに出展されたが、タイの犯罪事情をリアルに描きすぎた影響で、バンコクではしばらく2003年まで封印されていたというある意味、伝説の作品である。


『レイン』でも主演だったパワリット君が本作でも活躍。個人的に彼の演技はかなりクールで、ペラペラと喋る三枚目な役柄がなかなか見ごたえがあった。まだ幼いが母のために体を売るソムとの絡みもユーモアある演技を見せる。

安っぽいクラブミュージックが流れたり、妙にギクシャクしたストーリー進行、というより編集スタイルには、自主制作の匂いがぷんぷんするような作り。前作『レイン』ほど完成度が高くなく、編集で色々とごまかしているような素人っぽさも感じられる。


低所得者として売春や麻薬の売人などグレーな仕事をしてきた二人であったが、経済的自由を求めて大きな山に飛び込む羽目に…。

そんなにいい話ではないが、独自のユーモアのセンスが聞いていて、個人的には笑える物語だ。実験映画的なスタイルをとっており、主人公の妄想と現実が交錯する構成ながらも、そんなにしつこくないのがよいところだと思った。

一般的に評価されている作品ではないが、主役の二人のコンビがなかなか馬が合っていて、タイの文化を象徴するかのようなクラブミュージックが陽気に流れ、幼女売春、麻薬密売などの社会問題を映し出しつつも明るく楽観的な、これこそまさにタイ社会を象徴する映画ではないかと思い、楽しめる一本だった。

香港の『恋する惑星』をタイヴァージョンにしたかのような、香港出身のオキサイド・パンが本作が撮った意味を考えるにも見る価値のある映画であった。完成度が高くないが、なぜか愛着が持てる。

本作が再評価される日が来ると期待しよう。

Written by kojiroh

『地球で最後のふたり』(2003年 タイ=日=仏=蘭=新) ―9.0点。美しい孤独と、そして国境を越えた愛

『地球で最後のふたり』(2003年 タイ=日本=フランス=オランダ=シンガポール) 107min
監督:ペンエーグ・ラッタナルアーン
脚本:ペンエーグ・ラッタナルアーン、プラープダー・ユン
撮影:クリストファー・ドイル
出演:浅野忠信、シニター・ブンヤサック、ライラ・ブンヤサック、松重豊、竹内力、ティッティ・プームオーン、三池崇史、田中要次、佐藤佐吉

【点数】
★★★★★★★★★☆ / 9.0点

浅野忠信が2003年ヴェネツィア国際映画祭 コントロコレンテ部門で主演男優賞を受賞した、アジアの才能が集結したラブストーリーの秀作。

タイのペンエーグ・ラッタナルアーン監督、クリストファー・ドイルの撮影による繊細なる映像美が孤独なふたりの生活をを美しく描いた。

あらすじは、バンコク日本文化センターで働く日本人ケンジ(浅野)の元に、兄であるヤクザのユキオ(松重)が、日本でトラブルを起こし、バンコクのケンジの元に身を寄せる。自殺願望があり、潔癖症のケンジは孤独な生活をバンコクで送っていたが、兄のトラブルに巻き込まれ、家を飛び出す。自殺を考えて橋に立つケンジだったが、そこでの偶然の事故を通してタイ人女性・ノイ(シニター・ブンヤサック)と知り合い、奇妙な共同生活が始まる…。

英語と、つたないタイ語を話してコミュニケーションを深めてゆく浅野忠信とシタニー・ブンヤサックのふたりの掛け合いが特に印象深い。滑稽なようで、言語を超えた交友、そして愛が生まれる瞬間が美しく描かれているように思える。

「ひとりぼっちより、嫌いなヤモリに囲まれた方がましだ。」
ストーリー中登場する「さびしさの彼方を」という絵本の中の一説。この絵本の引用とともに、ケンジの自殺願望と孤独が描かれる。追い詰められてこの世の果てにいるかのような彼の元に舞い込む最後の希望がノイとの出会いだったのか。特に肉体関係があるわけではなく、純愛と呼べるような美しい物語だ。

清潔家で潔癖症なケンジと、がさつで大雑把なノイの対照的な二人の組み合わせが水と油なのだが、それでも次第に心を交わし始めるシーンには不思議な感動を覚える。タバコで汚すノイのシケモクを掃除し、最後には灰皿のアクセサリーをプレゼントするシーンなど、微笑ましい。この世の果ての最後の希望、そして大阪へ。

ふたりの演技だけでなく、やくざ役で竹内力が出演していたり、あの三池崇史監督までもが、やくざ役で出演している。奇跡的な怪演とも呼べて、なんだか微笑ましい。『殺し屋1』のポスターがさりげなく出てきたり、セーラー服のクラブなど、日本文化へのオマージュが随所に見られるマニアックな演出が見所の一つ。

本物の兄弟であるノイとニットの組み合わせもいい味を出している。この実在の姉妹の死別が、妙にリアリティがある。


恋の始まりを描いたとも呼べる、極めて詩的な作品、その美しさと、ふたりの純粋な心がクリストファー・ドイルの巧みの撮影によって具現化されている。水道から滴る水、シニター・ブンヤサックが幻想的に風で飛び交う紙切れと戯れるシーンや、開始30分してようやくタイトル「LAST LIFE IN THE UNIVERSE」が表示されるような実験的とも言える演出が面白い。

美しい作品である反面、具体的な言葉は少なく難解な映画でもあった。なぜケンジがタイに来たのか?ラストシーンの意味などもよくわからず物語は曖昧な形で終わってしまう。最後の意味は、究極の孤独か、それとも孤独の果てにひとつの希望を見出したのか、ショートカットになったノイと、普段吸わないはずのタバコを吸いながら薄笑うケンジの表情が忘れらない。

しかし、エンドロールと共にそんな心のもやもやを残してしまう映画だからこそ、見れば見るほど奥深い作品に仕上がっている。見るごとに発見がある。そして本作の詩的で繊細な国境を越えた愛の模様には、ただただ心が打たれる。

Written by kojiroh

レイン(1999年、タイ 106min) ―7.0点。バンコクのクールな殺し屋、危険な純愛

『レイン』(1999年 タイ)
監督・脚本・編集:オキサイド・パン ダニー・パン
音楽:オレンジ・ミュージック
出演:パワリット・モングコンピシット、プリムシニー・ラタナソパァー、ピセーク・インタラカンチット、パタラワリン・ティムクン

【点数】
★★★★★★★☆☆☆ / 7.0点

Bangkok dangerous

本作『レイン』の英題である。香港出身のタイの双子映画監督・パン兄弟による本作は2000年 トロント国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞し、ハリウッドでも『バンコック・デンジャラス』としてニコラスケイジ主演でリメイクされた、近年有名なタイ映画だ。

耳が聞こえない殺し屋の主人公・コンの物語。バンコクを舞台として犯罪アクションドラマであり、バンコクの町をスタイリッシュに描いた、とても美しい作品だった。

2人の殺し屋と2人の女、友情と復讐、そして純愛のシンプルなストーリーラインながらも、耳の聞こえないコン(パワリット・モングコンピシット)の視点で、音を消したシーンも目立ち、感情輸入できる。映像感覚も感情的で、独特の冷たい色合いが印象的だった。

そんなに凝った話ではないながらも、コンのクールな容姿と男の美学を貫く姿は純粋にカッコいい。耳が聞こえないからこそ、彼のフィルターを通じて見える世界は、普通の人のものとは違って、音声を消した演出で観客が疑似体験できる要素がある。少し長すぎてうっとうしくも感じる効果でもあるが、本作が感覚的な映画であることの大きな部分だ。

また、世界有数の享楽都市としても有名なバンコクの街の表と裏を描いている点でも興味深い。バンコクの闇の商売や、夜の街、ゴーゴー・バーが登場したりと、夜のネオン街を映し出していて、バンコクを愛する筆者としては非常に興味深い映画であった。

そうとも、世界には、東南アジアから香港などへ出向いて殺しを行う「裏の仕事」をする人々がいる。

『レイン』では、そんな仕事をする一部の人にフォーカスしている。彼らは不器用な人々である。しかし、ダメな人々ではなく、信念や美学を持っている人々の生き様を無常にも描いている。それは香港ノワールの描く世界観にも通じる部分があり、危険な要素にハラハラしつつも、最後はクールに締めてくれる。その温度感はなかなか新鮮であり心地のいい。

タイ・ノワールのようなクールな映画が今後も増えていって欲しいなと、可能性を感じさせられた。

(written by Kojiroh)

『ブンミおじさんの森』(2010年、タイ) ―6.5点。目に見えない次元の世界につながる不思議な映画


『ブンミおじさんの森』(2010年、タイ)
監督:アピチャートポン・ウィーラセータクン
脚本:アピチャートポン・ウィーラセータクン
出演:タナパット・サイサイマー

【点数】
★★★★★★☆☆☆ / 6.5点

難解な映画というのは、きっと僕ら一般人が目に見えない世界を描いている。だから、その手の超絶的な人間離れした視点で映し出された世界は、霊的でもあり、摩訶不思議、理解不能な映像作品にもなりうる。このブンミおじさんの映画も、まさしくその種の映画だった。


さて、タイ映画史上、初のカンヌ映画祭パルムドール(最高賞)に輝いた本作は、極めて難しい映画であった。噂には聞いていたがここまでだとは…。これは映画なのか、不思議で難解な映像作品のようなものだった。正直言って映画慣れしていない人には苦痛でしかない作品であろう。この2時間を絶えるのは辛いと思う。映画マニアの筆者でさえも、作品の意味を何とか理解しようと画面にかじりついていたほど。

しかし結局、私はこの作品の80%も理解できなかった気がしている。というのも、タイ仏教思想のアニミズムの世界なのだ。なので作品全体を通じて、霊的なオーラを放っている。

あらすじを言うと単純で、病で死が間近に迫ったブンミおじさんの下に、かつて失踪した息子と死んだ妻が突然現れ、霊的な体験をし、森へ帰り霊的な世界へ帰化していくという物語だ。

自然との共存、前世、瞑想、仏教、森の精霊、幽霊、カルマ、この世への執着か、輪廻転生、それはそれは深いアニミズム、つまり万物に精霊が宿っているという考えの、観念的な世界だった。


ワンシーンワンシーンがほとんどカットされず、10分以上もの長回しで巧みな構図で非常にゆっくりとした不思議なテンポで会話をするシーンなど、劇のような、広大な自然をバックにした映像作品のような、何かが宿っていると思わせる映像美が広がっている。

タイの森や山、動物には、もののけというのか、自然の魂が宿っていて、生命の神秘を感じた。目に見えない世界の表現だ。この映画の波動は何か感じさせる。目に見えない次元に繋がっているような、不思議な映画だ。これは映画を見ているとうよりも未知なる映像体験に近い。

そう、例えるならば、2001年宇宙の旅を見ている感覚。漠然としか提示されないストーリーや、時間軸が遠い過去と未来を行き来する。単なる一個人の話ではなく、これは自然界、宇宙世界全般のストーリーなのだ。

つまり、あまりに難解で普通の人には理解できないとうことだ。私としてもラストシーンの意味がまったく理解できず、後味が悪かった。ここまで難しく、仏教哲学的な映画は初めてだ。仏教や瞑想の勉強しないと分からないのかもしれない。

もう少し高い次元の人間にならないと、この映画を理解することはできないだろう。

だがしかし、考えれば考えるほど深くなる、印象深い映画であった。

Written by kojiroh

参考:『ブンミおじさんの森』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビューhttp://www.cinra.net/interview/2011/03/04/000000.php