『アンチクライスト』(2009年、デンマーク)―7.0点。性のタブーに挑んだ禁断の映画


『アンチクライスト』(2009年、デンマーク)―104min
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
出演者:ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール etc

【点数】 ★★★★★★★☆☆☆ / 7.0点

カンヌ映画祭でシャルロット・ゲンズブールが主演女優賞を受賞した話題作。激しい性描写や暴力影響で日本での公開も遅れた禁断の話題作。

映画通をうならせている本作、トレーラーを観ても何やら名作の匂いがするのでレンタルで筆者は鑑賞した。


◎あらすじ
ある夫婦が激しくセックスをしている最中、息子のニックがベビーベッドから出て窓へよじ登り、転落死してしまう。妻はそれによるショックと自責の念から心を病んでしまい、セラピストである夫の提案で一緒に療養の為に森の山小屋へ移ることになるのだが…(Wikiより引用)

非常に実験的なシチュエーション。
この設定でどう物語が動くのか。
冒頭のモノクロのエピローグがオペラのような美しさ醸し出す。優雅で美しい旋律とともに想像したくないような残酷な物語が動き出す。

しかし話し事態は非常に単純で、ショック治療のため山に篭る話。登場人物もほぼ二人のみ。なんだか本作には社会的な現実味がない。仕事もしないで妻と夫が山奥へセラピー。あまりにも非現実的だ。この夫妻はお金持ちなのか、なんなのか。

物語を動かすために森の自然が擬人法的に使われる。狐、カラス。カオスがそこに支配する。

トリアーとしは自然をモチーフに撮るのは初の試みだったのではないかと思える。現代版のタルコフスキーの『惑星ソラリス』を目指したのだろうか。『ラスト・タンゴ・イン・パリ』を超えるタブー視された破滅的な男女の性愛を描きたかったのだろうか。それとも上流階級の人間の織り成す贅沢な悩み、そして常人とは逸脱した高等な狂気であろうか。

しかし性描写が過激と言うよりも、とにかく痛々しい。ゲンスブールの裸体はあまりにも痩せすぎて、狂乱寸前のセックスはもはや暴力シーンだ。

『ダンサーインザダーク』や『ドッグヴィル』で見せた泥臭い労働風景と残酷な裏切りのようなショッキングはなく、まるで夢の世界で悪夢を見ているかのような世界観には少し違和感があった。

だが本作は映画史のタブーに挑戦しているといえる。
ネタバレになるので言えないが、画面いっぱいにモザイクで隠されている局部のえぐさ。モザイクでもショッキングシーンだ。とにかくセックスも暴力的だし、その衝動が本物の暴力、そして死に近づく。

色々と不愉快になる映画ではあるが、自然のモチーフやマッチや動物の動き、そして神・宗教的なものを批判した人間社会のカルマを描いていると思う。

いつから狂い出したのか?
答えは簡単で、最初から狂っていたのだ。

狂人を救うこと。愛するということ。
すべてを否定し、自然のアミニズムを礼賛するような。ともかくグロテスクだが素晴らしい作品であることは説明する必要がないほど、よくここまで描いたと本作の挑戦性をわたしは評価したい。

kojiroh

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『メランコリア』(2011年、デンマーク)―9.0点。鬱映画の至高


『メランコリア』(2011年、デンマーク)―130min
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:キルスティン・ダンスト、シャルロット・ゲンズブール、キーファー・サザーランド、ブラディ・コーベット、キャメロン・スパー、シャーロット・ランプリング、イェスパー・クリステンセン、ジョン・ハート、ステラン・スカルスガルド、ウド・キア、キーファー・サザーランド etc
【点数】 ★★★★★★★★★☆ / 9.0点

※リアルタイム映画評

「ヒトラーに共鳴する」などと発言したため、カンヌ映画祭から「好ましからぬ人物」としてトリアーが追放された。その映画祭で出品され、主演のキルスティン・ダンストが女優賞を受賞したことで話題の映画が本作『メランコリア』。

『ドッグヴィル』などの実験的なスタイルを見事な演出と脚本で、出演者を輝かせ人間の闇にスポットを当てるトリアー監督の最新作ということもあり、超鬱な映画と話題であったが筆者は期待に胸を膨らませて六本木シネマートに足を運んだ。

ミニシアターであったが、冒頭からの絵画のようなスローモーションの終末の映像には度肝を抜かれた。キルスティン・ダストン、『アンチクライスト』のシャーロット・ゲンズブールをメインに配役して、その表情の迫力には息を呑む。

最初から、ドイツの芸術に影響を受けたような、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』による壮大な響きの下で、まるでオペラの舞台にいるかのようだ。この音楽が一貫してこの残酷な物語を美しく壮大に照らし出す。

さて、そんなメランコリアのあらすじであるが、
広告代理店勤務のコピーライターであるジャスティンは、心の病を抱えていたが、僚友マイケルとの披露宴を迎える。しかし、母ギャビーの反対的な態度から、徐々に奇矯な行動に出て、祝宴の雰囲気が崩壊し始める。そんなジャスティンをなじる姉クレアだが、仕方なく夫のジョンや息子とともに彼女との生活を続けるのだが、惑星の出現と共に不穏な気配が漂い始める…


奇想天外なSFじみた世界を舞台に描かれる鬱病患者の妄想のような世界だが、過去の作品同様、トリアー流にえげつなく人間の黒い感情に容赦なくメスを入れる。ドグマ95的な撮影手法で、息遣いがそのままスクリーンに投影されるかのような過去の作品でも御馴染みの作品をシアターで見ることができたことがまず、大きく感情を揺さぶられる。



冒頭の第一部は、結婚式の披露宴から始まるが、笑顔とキスとパーティーで幸福な場面が描かれるが、すぐに黒い人間模様と、邪悪な予感によって転落する。その様があまりにも鬱っぽく、人間の営みの愚かさを思い知らされるようで、感情をわしづかみにされた。


浮かれたパーティーから一転して残酷な現実を見せ付けられる絶望感は、チミノ監督の『ディア・ハンター』にも通じるものがある。

そして最初は異様なほどハイテンションなジャスティンの笑顔に次第に曇りがかかり、鬱に陥る過程が繊細に描かれる。圧巻の演技を見せるダンストが美しくも素晴らしい。ゲンズブールとの二大主演がそれにしても見事すぎる。完成が鋭く芸術肌で常人ではその考えが理解できないような繊細さを持つジャスティンと社会性が豊かな良識あるクレアの姉妹での掛け合いが哲学的でもある。
「Sometimes I hate you so much」
トリアー監督はどうしてこうも女優を演じさせるが巧みなのかといつも思う。言葉も選び方もさることながら、自由で即興的な演技を徹底しているようで、脚本の構成も多様な伏線を含み、完成されている。その他の小道具や伏線も含めて、よくできた映画だ。

ネタバレになるので深くは言及しないが、惑星が近づき、ワーグナーの音楽と共に、ダンストが月光欲するシーンの神秘的な美しさ、危機が去った後の夫ジョンの行動、クレアの叫び、ジャスティンの悟り。全てが人間の本質を描いている。

まさに傑作―。
同じ年のカンヌで『ツリー・オブ・ライフ』にグランプリを譲ったことは理解しがたい選考であるかのように。

『メランコリア』は暴力描写や性描写などがある映画でもないが、絶望的で憂鬱で、暴力や性を排除しても、こんなに残酷な生を感じられる映画が今まであっただろうか。安易な暴力や流血で見せられる残酷さがいかに陳腐なものであろうことか。

トリアー映画の基本は、人間の「裏切り」だ。
彼自身が生みの母親から受けた告白がそうだったように、薄っぺらい友情や愛情をぶち壊す人間社会の残酷さをこれでもかというほどに見せ付けてくれる。それが人間への「悟り」であるかのように美しく胸に響く。『ダンサーインザダーク』以上に救いのない物語だが、そこまで徹底した欝映画を作れたことに脱帽。

迫り来るメランコリアの美しさは、悟りを開くジャスティンと、あくまで最後まで良識的な人間であろうとするクレアの対比をすべて「無」にしてくれる。終末が近づいてくるその瞬間、私はなぜだか涙を抑えられなかった。

Written by kojiroh

『ドッグヴィル』(2003年、デンマーク)―9.0点。ゼロ年代屈指の実験映画


『ドッグヴィル』(2003年、デンマーク)―178min
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:ニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、クロエ・セヴィニー、ローレン・バコール、ステラン・スカルスガルド、ジェームズ・カーン、パトリシア・クラークソン、ジェレミー・デイヴィス、ベン・ギャザラ、ウド・キア、ジャン=マルク・バール、フィリップ・ベイカー・ホール、ジョン・ハート

【点数】
★★★★★★★★★☆ / 9.0点

『ダンサーインザダーク』の巨匠、ラース・フォン・トリアーとニコール・キッドマン主演というカンヌ映画祭でもコンペ部門でノミネートされた話題作。

小説のようにチャプターをしっかりと定め、ジョン・ハートのナレーションと共に物語が進む。アメリカを舞台にした、のちに『マンダレイ』に続く3部作の第一作とされる。


舞台は、大恐慌時代。ロッキー山脈の廃れた鉱山町ドッグヴィルにて、医者の息子トムは将来は偉大な作家となり、彼自身の道徳を人々に伝えることを夢見ていた。そんなある日、ギャングに追われた美女グレースが逃げ込んでくる。トムは追われている理由をかたくなに口にしないグレースを受け入れようとするが、いつの日か町の住人の態度が次第に身勝手なエゴへと変貌してゆく…。

特に衝撃的なのが、床に白い枠線と説明の文字を描いただけの舞台。そこで撮影され、映画のセットを排除し、舞台劇をそのまま生で移したような映画である点だ。

最初は違和感があるが、慣れてくると、周りの背景にごまかされない俳優の演技をとことん堪能できる意味では、特異な成果を成した実験だったのではないかと思える。とにもかくにも後にも先にもこんな映画は観たことがない。

その実験性と共に、ドグマ95的な自然光と自然録音、手取りに拘った演出が相乗し、生々しいリアルな演技をフィルムに写すことに成功している。



後に『ドッグヴィルの告白』という、本作の制作を追ったドキュメンタリー映画が作られることになるほどに、過酷な現場であり、今後の三部作に全て出演予定だったキッドマンが本作で出演を終えてしまうことになるほど。

ポールベタニーの村人の前での演説での迫り来るカメラワーク、そして息遣い、あとは色々な労働に従事したあげくに最後は疲れ果てた様子になってしまうのだが、それも含めてニコール・キッドマンの美しさがすばらしい。食事や仕事のシーンなどでも実際の実物は用意せずに、全て身振り手ぶりで表現するのだが、それによって周りの風景に邪魔されずに役者が見られる効果を生んでいる。

しかし余談ながら、本作でも特段の悪役を演じる登場人物の名前が「ビル」であることがダンサー・イン・ザ・ダークでも言えることで、この名前に監督自身の何か思い入れがあるのかもしれない。

本作のストーリーを詳細に語りたいところであるが、あまり言うと鑑賞の面白みがなくなるので深くは言及できない。
しかしテーマが何よりも深い。よく練られた脚本の中で、人間と人間が生活して村を成す、その閉鎖性、集団真理がもたらす人間のエゴと残酷な心理描写には息を呑む。そして最後には、「傲慢」について考えさせられる。正しいことが分かっていながら謙虚になりすぎるのは寛容なのか、それこそが傲慢なのか。人類普遍のテーマンガあった。

全9章、178minと3時間近い長い作品であるが、じわじわと牙を向き始めるドッグヴィルには目が離せなかった。ラストの衝撃を考えると、もっと長くてもよかったとさえ思える。

実験性や脚本、演出、全てにおいてもゼロ年代を代表する最も成功した実験映画の一作であることは言うまでもない事実であろう。

Written by kojiroh

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年、デンマーク) ―7.0点。音楽だけに救いがある


『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年、デンマーク) -140min
監督 ・脚本:ラース・フォン・トリアー
出演 : ビョーク、カトリーヌ・ドヌーブ、デビット・モース、ピーター・ストーメア、ジョエル・グレイ

【点数】
★★★★★★★☆☆☆ / 7.0点

デンマークの鬼才、ラース・フォントリアー監督の名を世界に広く知らしめた、2000年度のカンヌ映画祭グランプリ受賞作。歌手のビョークが主演し、Radioheadも音楽でコラボした話題作。

そんな嬉しいニュースで沸かせた本作であるが、内容は悲劇であり重く暗いというのが正直な一言であった。

あらすじであるが、ビョーク扮するセルマは、チェコからアメリカへやってきた移民で、プレス工場で働きながらミュージカルという空想の世界を楽しんでいる。しかし遺伝性の失明の病気を抱えているため、同じ病に侵された息子の手術費用を稼ぐため身を粉にして毎日働くのだったが…。


平穏そう、明るく見える自分の身の回りで、助けてくれる人々もいるが、貧困・病気、社会の底辺でもがき苦しみながらも、息子に希望を託そうとする無邪気なビョークの姿は鬼気迫るものがある。

しかし『ドッグヴィル』にしても、トリアー監督は奇抜な構成の中で、現実の残酷な人間の姿を描くのが本当に卓越している作家だなと思わされる。

目が見えなくなるような状況においても、単調な肉体労働で貯めて金を缶に入れて貯金をする姿、それとは反対に裕福な家の人が平気で自転車を買ってリッチに暮らしているかと思いきや…。ともかく人間の階級と残酷な心理をここまで感じられる映画はそんなにないと思える。

そこにはある種、ドル社会、アメリカの資本主義への批判的な視点をも感じる。テルマが必死に握り締めるドル札が、なんだか残酷な悲しさがあった。


そして善良な表面から豹変するビルの表情は狂気に近いものを感じる。

暗くて救いのない作品なのだが、出演陣、特にビョークの息遣いまでものが迫ってくるように響く、ドグマ95的な自然光、オフレコを封じた生身の撮影手法による映像には息を呑む。強烈に頭に焼きつく映像世界が広がってくる。


カトリーヌ・ドヌーブの演技も冴えている。この物語で唯一救いがあるようなポジションだったと思う。

ただ本作には本当にミュージカルが必要だったのか、と思ってしまった。
辛い単調作業による労働の中で、音楽という虚構の世界へ逃げているビョークの音楽世界は素晴らしいのだが、個人的には少しこのミュージカル仕立ての構成がポップな一面を描きすぎていて蛇足だなと。

救いのない作品であるなら、ミュージカルのようなポップさに救いを求めずに徹底した方が個人的には好みだったかなと思える。ドグマ95の手法によって作り出された完全オリジナルの文句なしの傑作であることは間違いないのだが。

Written by kojiroh