『ツィゴイネルワイゼン』(1980年、日本)―8.5点。幻想的な清順映画の集大成


『ツィゴイネルワイゼン』(1980年、日本)―144min
監督:鈴木清順
脚本:田中陽造
出演者: 原田芳雄、藤田敏八、大谷直子、大楠道代 etc

【点数】 ★★★★★★★★☆ / 8.5点

ベネチア映画祭特別賞受賞を始め、キネマ旬報など国内外で様々な賞を受賞した本作。カルト的な映画の名手であった鈴木清順の国際的評価を高めることになった、彼の中でもっとも代表的な一作だ。


◎あらすじ
大学教授の青地(藤田)と元同僚の友人中砂(原田)は旅先で、芸者・小稲(大谷)に会う。一年後、結婚したという中砂の家を訪ねた青地は、その妻・園が小稲に瓜二つであることに驚く……。

内田百閒の『サラサーテの盤』を原作(モチーフ)にした作品。

鎌倉あたりでロケが行われたという本作。とにかく映像美がすごい。
舞台は古風な昭和初期――和と西洋が入り混じろうとする時代の4人の男女の幻想的ロマンス。現実か、虚構か? メクラの芸人、鳴り響く三味線、日本の伝統芸とレコードのツゴイネルワイゼンが頭に残る。

和と洋、両者のつりあいがまだ発展途上である時代の文化、食事、古風な日本を描いている様がとにかくいい。

「鬼は外、福は内!」
日本古来の言語、食事、表現、妥協なしで写される世界観。
唐突にカットし切り貼りされる散文的な映像が見るものを惑わす。
幻想的な雰囲気、夢か現実か? 霊的な世界が交錯しつつ、独特な回しとカットで観るものを困惑させつつも惹き付ける。


特に有名な「眼球なめ」のシーン。腐りかけたももをむさぼるように食べる大楠道代。こうした場面は気味が悪くも、妖艶なグロテスクさに釘付けになる。

何といっても今はなき原田芳雄のジプシーな男臭さ。この時代でも抜きん出た男らしさと容姿端麗の男前。旅ばかりしては女を、刺激を求め、さ迷い歩く。

そんな自由な旅と、肉欲の先に見据える何か。肉を求めれば求めるほど、その内なる骨を求める――藤田敏八と共に私は生の本質を追ったが、分からずに終わる。

ただ魅了されていた己がいたこと以外。
ラストシーンの意味は一体、何か?
レコードに吹き込まれた呟きは?

霊的世界をこうした手法で80年代に描いたこと、さらに一歩間違うと単なるカルト映画でしかない本作が世間的に評価を得られたことに、一つの時代を感じる名作『ツィゴイネルワイゼン』だった。

kojiroh

『奇跡』(2011年、日本)―5.0点。普通の人々による退屈な希望


『奇跡』(2011年、日本)―128min
監督:是枝裕和
脚本&編集:是枝裕和
音楽:くるり
出演者:前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ etc

【点数】 ★★★★★☆☆☆☆☆ / 5.0点

『誰も知らない』『空気人形』など国際映画祭でも評価が名高い是枝監督による、JRをスポンサーにして風情ある九州と離れ離れになった一風変わった家族の姿を描く。


◎あらすじ
小学6年生の航一と小学4年生の龍之介は仲の良い兄弟。しかし両親が離婚してしまい、それぞれの親に引き取られた2人は鹿児島と福岡で離ればなれに暮らしていた。ある日、九州新幹線の一番列車がすれ違う瞬間を目撃すれば願いが叶うという噂を耳にした航一。再び家族4人の絆を取り戻したいと願う彼は、友だちや周囲の大人たちを巻き込みながら、奇跡を起こすための無謀な計画を進めていくのだが…。(Allcinemaより引用)

まえだまえだのコンビネーションが映画でも冴えている。
素朴な庶民の田舎での暮らしっぷりは一つのみどころ。

オダギリジョーや阿部寛などの普通では主役級の俳優が脇に回って九州なまりの言葉づかいで存在感を発揮しているあたりは思わずニヤリ。

しかし個人的な趣味趣向の問題もあるが、純粋な子供たちを主人公としたあまり感情輸入できない。

不安定な両親の下でたくましく生きる姿と九州の自然美には風情もあり癒し要素ありだが、それが個人的にはあまりにも平凡で退屈。そもそもこの主人公たちは2時間のドラマにするほど特異でもなければ困難な壁がない。

「奇跡」を望むほど不幸な子供でもなければ必然性もない。
普通の人々の冒険というのは実に退屈な刺激であった。

デキがいい映画ではあるのだが、この題材で二時間引っ張るような刺激的な中身を求めた僕が場違いな観客であったのかもしれないが…。

kojiroh

『ゆきゆきて、神軍』(1987年、日本)―9.5点。奥崎、狂気の歴史的傑作ドキュメンタリー


『ゆきゆきて、神軍』(1987年、日本)―122min
監督:原一男
編集:鍋島惇
企画:今村昌平
出演者:奥崎謙三・シズミ夫妻 etc

【点数】 ★★★★★★★★★/ 9.5点

“THE Emperor’s Naked Army marches on”
あのマイケル・ムーアが、生涯観た映画の中でも最高のドキュメンタリーだと語る国際的に最も評価が高いドキュメンタリー映画の一つとして語り継がれる傑作。

5年間の撮影期間を費やし作り上げられた作品で、ベルリン映画祭カリガリ賞など始め、様々な映画賞を受賞した。そんな邦画ドキュメンタリーの伝説的一作を、ふと思い立って遂に鑑賞した。


奥崎謙三は、かつて自らが所属した独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があった事を知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。元隊員たちは容易に口を開かないが、奥崎は時に暴力をふるいながら証言を引き出し、ある元上官が処刑命令を下したと結論づけるのだが……。(wikiより引用)


「暴力をふるっていい結果が出る暴力だったら、許されると…。だから私は大いに今後生きてる限り、私の判断と責任によって、自分と、それから人類によい結果をもたらす暴力ならばね、大いに使うと」
高々と宣言して暴れまくる奥崎の姿は永遠に不滅……と、いわんばかりにすさまじいエネルギーを感じる作品。

奥崎によってドキュメンタリー映画の至高のカタチにまで昇華した奇跡的な映画世界ではないだろうか。私はその狂気のカリスマ像に陶酔するかのように二時間ノンストップで引き込まれて行った。

冒頭の結婚式からどこか狂った奥崎の信念が炸裂する。

しかし『アンヴィル』もそうだが、素晴らしいドキュメンタリーというには奇跡がある。追ってゆく中で、奇跡が起きて、現実に物語が動き出すのだ。それがフィクションで無理やり動かされるストーリー以上の感動がある。

はっきり言って、彼が追求する日本軍の40年前の功罪の真実には、興味深く引き込まれるがそこまで意味はない。それ以上に、過去の罪を背負って生きる人間の現在、そしてそこに神なる暴力で挑む奥崎の姿にこそ意味があるのだ。

もう二度とこんな映画は撮れない。
そう思える様々な要因によって起きた衝動、そして奇跡を本作のフィルムから感じ取ることができた。

しかし、これははっきり言って異常な映画だ。
極端な右翼の男をこうもヒーローのように祭り上げている狂気。プロパガンダのような表現の手法をも感じる。奥崎が善なのか悪なのか――そこは曖昧なところであり、見ているだけでは奥崎が英雄のように思えてしまう。

それでも奥崎の狂気の過激右翼=神軍平等兵としての活動をフィルムに映したことには大きな価値がある。

欠落した小指、洗練された尋問・言葉。暴力。
公私混同したことはない、すべて神のため、宇宙の真理だと言わんばかり。

私はもう「天皇陛下の剥き出しの神軍」を貫き生きた、奥崎謙三のタフネスさを生涯忘れられない気がしている。

kojiroh

『L Change the world』(2008年、日本)―2.0点。ラノベレベルのF級映画


『L Change the world』(2008年、日本)―129min
監督:中田秀夫
脚本:小林弘利
出演:松山ケンイチ、工藤夕貴、福田麻由子、南原清隆etc

【点数】 ★★☆☆☆☆☆☆☆☆/ 2.0点

Lの最後の23日間。
社会現象を起こしたデスノートのスピンオフ映画。

こう訊いてデスノート好きな筆者は期待に胸を膨らませてレンタル屋で借りて鑑賞した。

が、しかしまあ……よくこんなクソみたいな映画を作ったもんだ。

デスノートの名前がなかったらホントにタダのクソ。松山ケンイチいなければほんとに見る価値もない。原作者がよくこんな海賊版のような、いや同人誌のような内容の映画化を許したものだとこっちが逆にビックリ。

あらすじであるが、
キラ事件解決の代償として唯一無二のパートナー、ワタリを失い、自らもデスノートによる究極の選択をしたLの下に、突如消滅したタイの村でただ1人生き残った幼い少年がワタリへのメッセージを携えて送られてくる。そしてもう1人、亡き父親からあるものを託された少女・真希が追っ手から逃れるように飛び込んでくる。新たな《死神》の出現を察知したLは2人の子どもを守りながら人生最後の難事件に挑むのだった。(Goo映画より引用)

さて、新しい死神とかスケールの大きい話に持って行き、タイの村を開発してそれなりのお金を投じて作ったそうだが、あまりの完成度の低さと陳腐さに笑いが吹き上げそうになった。

単なるLが主人公の別の映画です。死神の存在とかいらないし。現実のサスペンスみたいなチープなクソ映画。

しかし途中で南原清隆が出てきて、お笑い担当なのかなんなのかわからない微妙な役割がツボ、つーかシュールすぎやしないか。てか製作者はふざけているのか。もはやこの映画はなかったことにしてネタにした方がいいんじゃないだろうか。

ここまで原作の世界観を破壊したスピンオフ映画はまれだと思うので、Lの活躍を見れてナンチャンを見たい人には一見の価値はあると思う。

しかしホントにそれだけ。
これはラノベのスピンオフで終わりにしておけばよかったんじゃないか。
無駄にニアの名前を出したところもあまりにも陳腐な小学生向けの映画であった。

大場つぐみ氏は怒らなくていいのだろうか。
そうか、彼はこれをラッキーマン的なギャグと見なしているのだな!

kojiroh

『極道戦国志 不動』(1996年、日本)―6.5点。三池初期の異色のカルト映画


『極道戦国志 不動』(1996年、日本)―99min
監督:三池崇史
脚本:森岡利行
原作:谷村ひとし
出演:谷原章介・竹内力・高野挙磁・野本美穂・シーザー武志・新妻聡・峰岸徹etc

【点数】 ★★★★★★☆☆☆/ 6.5点

Vシネながらもカンヌ映画祭への出展を果たした三池監督の国際的デビュー作。日本よりも海外で有名な映画で、タランティーノなどにも影響を与えたことはあまりにも有名。その三池の初期の代表作であり、最も彼のエッセンスが詰まっているといえるのが本作『不動』。

漫画のような展開であり実写にするのが非常に困難な原作であるが、三池崇史は本当に漫画のような作品を映画にするのが巧みな監督だと思えてしまうような一本だ。


あらすじは、
成績優秀な高校生を装いながら、裏では九州仁王会不動一家の若頭を務める不動力が、冷徹な頭脳と行動力を武器に九州極道社会に反乱を起こす…。

谷原章介、竹内力、峰岸徹ほか個性派俳優が共演していおり、今思うと豪華キャスト。

若き日の谷原章介の美少年ぷりがクールだ。
竹内力の貫禄もこのときから抜けているし、身長2mのレスラー高野挙磁の役どころも、もはやギャグなのだが突き抜けていて面白い。

小学生のヒットマンが多数いたり、高校のクラスメイトがみんなあまりにもプロの殺し屋すぎて笑える、そして笑えるほど極端な残酷バイオレンスなのだが、そうした無茶な設定に開き直っているところがなんだか逆に清々しくさえ思える。あり得ない話もこうした力ワザで強引に進めていけば、あまりグロテスクでもないし残酷でももはや笑える。


しかし監督独自の映像感覚もやはり異才を放っている。
ぶっぱなされたマシンガン、溢れかえる薬莢、流れる血、鍵をかけると爆発するバイクなどなど、三池流の演出がオンパレードである。

後に、『ホステル』のイーライロスに影響を与えることがよく伝わってくる映画だ。あまりにも爽快残酷に首チョンパされる「切り株」シーンや、切られた生首を子供たちがサッカーボール代わりにしている演出や、まあともかく残酷だが面白いシーンの数々だ。

本来は映画においてタブーとされているような、上記のような過度に残酷(というか下品すぎる類の―)倫理的に見てもやってはいけない表現を、見事にサラっといやらしくなくやってのけてしまったことが本作の最もスゴイ部分ではないだろうか。

あまりにも下品で残酷なのだが、それでいてシュールで滑稽で、ギャグともわからないようなギャグになっている。漫画のような表現を実写でやれてしまったのは監督の才能に他ならない。(好き嫌いは別として…)

Kojiroh

『キッズリターン』(1996年、日本)―10.0点。キタノブルー、色褪せない不朽の青春映画


『キッズリターン』(1996年、日本)―108min
監督:北野武
脚本:北野武
音楽:久石譲
出演者: 金子賢、安藤政信、森本レオ、石橋凌、山谷初男、寺島進、モロ師岡 etc

【点数】 ★★★★★★★★★★/ 10.0点

青い色彩、自転車二人乗りが久石譲の音楽に揺れる。

94年の北野武のバイク事故から復帰したリハビリのような意味で作られた『キッズ・リターン』。レイジング・ブルのような映画を作りたいと言及していた武が何年も前から構想していた作品であり、自身がボクシングを志したこともあり、自伝的な一作にもなっている。カンヌ映画祭にも招待され、19カ国でも上映された名作。

あらすじは、
落ちこぼれの高校生マサルとシンジは悪戯やカツアゲなどをして勝手気ままに過ごしていた。ある日、カツアゲの仕返しに連れて来られたボクサーに一発で悶絶したマサルは、自分もボクシングを始め舎弟のシンジを誘うが、皮肉にもボクサーとしての才能があったのはシンジであり、各々は別の道を歩んでゆくのだが…。

本作を初めて見たのは筆者が高校1年生ぐらいのときだったであろうか。
北野映画の中でも最も丁寧に作られたシンプルなストーリーが若い時に見ても面白くて感銘を受けた。その感想は10年経っても全く変わらず、逆に細かい部分でさらに共感できるようになっていた。特に社会の過酷さや残酷さが感じられる描写が実は多くて、社会人になってから見る方が感じるものが深い。

特に、高校で同じクラスだった同級生が何組ものストーリーがお互いに交錯し合っているところがすごい。漫才を目指す二人組み、サラリーマンになるが挫折してタクシーを回すおとなしい高校生、はんぱな不良3人組など、何人もの人生が凝縮されている映画なのだ。

やくざの親分を演じる石橋凌も貫禄ある名わき役だ。

いつも一万円のチップを貰ってタバコを買いに行くカズオの末路であったり、親分が撃たれても呑気にゴルフの話に従事する会長など、細かい部分でもそれぞれの現実を描いている。若者が苦い思いをして苦労している中でも年配の上にいる人々はゴルフのハンディのことで呑気な会話をする。

さらには高校の教諭を演じる森本レオなどの配役にも味がある。職員室では受験の指導のことがもっぱら話題になりながらも、不良学生は切り捨ててゆく―、しかしそこに躊躇いもある。だが所詮は何も変わらないという社会の教育の残酷さを象徴しているとも言える。

シリアスな面が多いが、それでいて屋上から授業中にするいたずらや、成人映画を見に行くために会社員のフリをするシーンなど笑えるシーンも無数に散りばめている部分にも監督のアイディアの力を感じる。

つまり『キッズリターン』は、ボクシング映画であるようで本作におけるボクシングとはあくまでモチーフでしかなく、結局は各々の人生を歩まざるをえなくなる若者たちの青春物語である。

人生とは何か?成功とは?
成功者であるはずの監督自身が社会に対して投げつけている強烈な想いを感じる。「世の中そんなに甘くない」という北野武のメッセージであるようにも思える。ボクシングを志して才能を発揮したシンジも、結局は若さゆえの孤独、そして変な先輩にたぶらかされては堕ちてゆく。しかしそこで終わりではないのだ。

いつの時代でも普遍的なメッセージが、何度見ても絶妙な角度で胸を打つ。
やっぱり自転車の相乗りシーンは個人的には『明日に向かって撃て』のそれよりも名シーンじゃないかな。
「馬鹿ヤロウ、まだ始まっちゃいねーよ」

Kojiroh

『Brother(ブラザー)』(2001年、日本=アメリカ)―7.5点。アメリカでもアニキ節


『Brother』(2001年、日本=アメリカ)―114min
監督:北野武
脚本:北野武
製作:森昌行、吉田多喜男、ジェレミー・トーマス
音楽:久石譲
出演:ビートたけし、オマー・エップス、真木蔵人、加藤雅也、寺島進、大杉漣、石橋凌、大竹まこと、渡哲也etc

【点数】 ★★★★★★★☆☆ / 7.5点

冒頭から北野武が大好きな寡黙だが罵倒が鳴り響くようなやくざ映画が展開される。しかし今作では舞台がアメリカへと移る。

さて、『ソナチネ』や『キッズリターン』は筆者のベスト映画20に入るぐらいの北野映画ファンであるが、『ブラザー』だけはなぜか見ていなかったのでレンタル屋に行って借りてようやく鑑賞。


あらすじは、ヤクザ同士の抗争で組織を追われ、日本を脱出しLAに高飛びしたヤクザ組長の山本。彼は現地で暮らしている弟を探し出し、そこに転がり込んだ。やがて、山本はヤクの売人をしていた弟とその仲間たちと共に縄張りを拡大。遂にはイタリアン・マフィアと抗争するまでに勢力を広げていくが…


「ファッキンジャップぐらいわかるよ、バカヤロー」
大杉連、寺島進、『ソナチネ』時代からのいつもの顔ぶれがずらりとならんで罵倒がなりひびくヤクザ・バイオレンスを見せてくる部分は何度見ても微笑ましささえある。さらには今回は豪華にも大竹まこと、渡哲也までが友情出演的な役割で登場するのでファンとしては楽しめる。新顔の加藤雅也の存在感もかつての作品とは一味違い面白い。(だが、この撮影で加藤はたけしと演技の意見で少しもめたらしいので、それ以後の作品には登場していないが―)


まあところどころ日本ヤクザの典型的なアクションとして指をつめたりケジメをつけたりのシーンが少し過剰すぎて違和感を覚えたりもするのだが、それでも渡哲也を前にして腹黒さの疑惑をうちのけるべく小太刀を手にする大杉連のあのシーンの迫力はまさに舌を巻くし、拳銃をこめかみに当てて命をかける寺島進などなど、過去最高レベルに迫力のヤクザシーンを目の当たりにできるのは微笑ましい限りだ。


バスケットボールの遊びであったり、シリアスバイオレンスであっても『ソナチネ』時代のような遊び心を忘れない北野流がアメリカを舞台にしても冴えているのは、やはり監督の技量だなと思える。

海外であろうと、「アニキ」はアニキであった。
いつもの北野映画とは一味も二味もニュアンスが異なるが、これを機会に他の国を舞台にした映画も期待したいと思える。

Kojiroh

『Mishima: A Life In Four Chapters』(1985年、アメリカ=日本) ―8.5点。伝説の三島自伝映画


『Mishima: A Life In Four Chapters』(1985年、アメリカ=日本) ―120min
監督・脚本:ポール・シュレイダー
原作:三島由紀夫
音楽:フィリップ・グラス
美術:石岡瑛子
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス
出演者:緒形拳、坂東八十助、佐藤浩市、沢田研二、永島敏行 etc

【点数】
★★★★★★★★☆ / 8.5点

緒方拳主演、世紀の大作家・三島由紀夫の人生を四つのチャプターで描いた、『タクシードライバー』の脚本家、ポールシュレイダーによる伝説の作品。

出演者がみんな日本人にも関わらず、三島婦人の圧力のため日本での公開、さらにはDVD化がされることがなかった伝説的な一作。(三島が同性愛である描写が含まれるため猛反発された)

そんな作品であるが、実は海外ではポピュラーな作品で、カンヌ映画祭でも特別賞を受賞している。そのため、youtubeでも実は鑑賞することのできる作品であり、筆者は暇を見つけてネット動画で鑑賞した。


1970年11月25日に壮絶な最後を迎えた三島由紀夫の生涯を、『美』、『芸術』、『行動』、そして『文武両道』の4部構成で描く。彼の作品の映像化と共に、三島の幼少期などの生涯のドキュメンタリーのような映像、そして25日の一日の動きを途中で交錯させながら物語が進む構成が凝っている。


また一行、また一行と筆が進む。
しかし彼の衝動は筆だけでは収まらなかった。ペンが剣に変わった、最後の11月25日。

世界的作家の三島がなぜあのような最後を迎えたのか、彼の内面を過去の『金閣寺』、『鏡子の家』、『奔馬』という文学作品を映像化して辿ることで明らかにしてゆく。それをアメリカ人監督のポール・シュレイダーが撮っているから驚きだ。日本映画マニアの監督、そして三島作品を敬愛するコッポラなどの巨匠がバックを支えることで実現した奇跡的な作品だと今でも思える。

俳優も、佐藤浩一から三上博史まで出演していて豪華な実力派が出揃っている。

それにしても、緒形拳が熱演する三島の姿が力強く素晴らしい。現在では二人ともこの世を去ってしまったが、その偉人を演じた偉人ともいえる奇跡的なコラボだ。

作家として売れ始めた中でも、同性愛的な性癖、そして肉体的コンプレックスを抱えて、肉体改造に励み、自己を変革し、後期には活動家として右翼活動に没頭し、映画も監督し、自らの思想を具現化してゆく三島の姿が詳細に描かれる。

金閣寺で美しさにとらわれた主人公、そして性的なコンプレックス、抑圧されてきた衝動が革命への意思に昇華されてゆく。

決死の場面、豪邸を捨て去り、同志の若者と自衛隊へ向うこの緊張感と迫力には息を呑む。


本当に見事な最後を描きっていて、さらには常人では理解しがたい三島を非常に肯定的に、描いていて、この三島へのリスペクトがシュレイダー監督が過去に描いたタクシードライバーのトラビスの人物像ともかさなって見える。

それにしても、かつて70年代に実際にこのような事件が起きたことの意味を再考させられた。

三島の人生を深く知れて、肯定的に描くとともに、今の日本人が忘れてしまった侍の武士道のような美学を思い出させてくれる情熱的な傑作だった。

Written by kojiroh

『ヒミズ』(2011年、日本) ―7.0点。震災後を描いた園組大集結作


『ヒミズ』(2011年、日本) -129min
監督・脚本:園子温
原作:古谷実『ヒミズ』
出演者:染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真起子、黒沢あすか、でんでん、吉高由里子、西島隆弘、窪塚洋介、鈴木杏etc
【点数】
★★★★★★★☆☆☆ / 7.0点
※リアルタイム映画評

「知ってる、何でも知ってる、自分のこと以外なら」
いきなり冒頭から、二階堂ふみが語る詩がなぜか頭に残る。
園監督お得意の詩のナレーションは相変わらず作品に命を吹き込んでいる。

2011年・第64回ベネチア国際映画祭で染谷と二階堂がマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞した話題作『ヒミズ』。園フリークである筆者は、劇場公開よりも前のこの時期に、運良くツテで試写会にて鑑賞することができた。

あらすじは、ごく普通に生きることを願っていた祐一と、愛する人と守り守られ生きていくことを夢見る景子、という2人の15歳の日常が、震災を背景として希望のない社会において、ある事件をきっかけに絶望と狂気に満ちたものへと変わっていく…。

さて、漫画を原作とした『ヒミズ』であるが、震災を背景に入れることで大幅に脚本を変えて現地でのロケに挑んだ力作。
一部では「愛のむきだしと冷たい熱帯魚は本作の序章でしかなかった!最高傑作!」みたいに騒いでいるファンもいるようだが、正直な感想は、『愛のむきだし』も『冷たい熱帯魚』も、さらには『紀子の食卓』をも超えていない。

もちろん、普通の人は素通りしてしまう震災を題材に組み込んだ秀作であると言える。メンツも園ファミリー大集合で、園映画ファンにはお腹いっぱいの作品ではあるが、やはり過去の作品を越えたとは言えないと思う。(どれが一番かは好みによるところが大きいが)

がしかし本作で圧巻だったのは俳優人の個性。渡辺哲とでんでん、光石や渡辺真起子、園映画を多く見ている筆者としては、『紀子の食卓』~『愛のむきだし』、さらには『冷たい熱帯魚』までで強烈なインパクトを残した名わき役が次々と登場してくる点が一番盛り上がってしまった。手塚とおるや諏訪太朗 、脇の脇まで見たことのある顔ぶれで思わずニヤリ。

そして新規ながらも窪塚の演技の存在感はこの作品に強烈なインパクトを残している。脇役ながら主役を食っているほどツボだった。

ちょい役すぎるが吉高由里子、西島隆弘、鈴木杏も登場してくる。友情出演に近い登場だが、こういう細かいところに拘っている点はファンとして嬉しい。

しかしシンプルなストーリーの割には上映時間が長すぎるかなとも思える。舞台になる家と河原でのシーンが少し重複しすぎていて過剰なような気もする。1つひとつのシーンに意味やこだわりはあるが、舞台がそんなに変わる映画でもないのに少ししつこさがある。出演陣も多すぎる上に、無駄な蛇足が多い印象。


泥まみれになったり、殴ったり怒鳴ったり、最初は刺激的だが重複が多すぎて少しくどい。しかしアップのシーンで吐息が聞こえてくるかのような距離での表情は劇場で見ると迫力がある。

さらに少年の凶暴で純粋な心を描く映画、という意味で見るとやはり青山真治の「ユリイカ」の方が圧巻であり、実験的で先鋭的な手法で描いてはいるものの、青春映画としては少しパンチの弱さを感じてしまう。

だが本作は震災のあった場所でのロケを決行、そこですべてを失い、職を失った人々が押し付けられた底辺の描写が素晴らしい。これはこの時期にしか撮れなかった映画であると思う。渡辺哲を初めとした「園組」とも呼べる人々が底辺に暮らしながらも未来に希望を託そうとする、その描写が本作のももっとも評価すべき所である。

ラストでもとにかく長回しで狂気的な演技をさせる部分に監督、そして演技人の才気を感じることができる。

だが筆者の好みとしては、この監督は希望がある物語を撮るよりも、虚構と幻想の区別がつかなくなったような主人公の人格破綻で幕を閉じるようなシュールな悲劇の方が性に合っている気がするが、珍しく希望と救いがある園映画だったと、監督の飛躍?に喜ぶべきなのかもしれない。

Written by kojiroh

『殺し屋1』(2001年、日本) ―9.0点。邦画史上No.1残酷映画


『殺し屋1』(2001年、日本) 128min
監督:三池崇史
脚本:佐藤佐吉
撮影:山本英夫
原作:山本英夫
出演者:浅野忠信、大森南朋、SABU、塚本晋也、松尾スズキ、菅田俊、寺島進、KEE、國村隼、手塚とおる、Alien Sun (en)、モロ師岡、風祭ゆき

【点数】
★★★★★★★★★☆ / 9.0点

日本映画史において最も暴力的かつ残酷、それでいてこんなに哲学的な映画は過去にもその後においてもなかったと思う。

それが本作、国際的にも評価が高く有名な日本のカルトと映画『殺し屋1』。コミック原作ながらも、クエンティン・タランティーノやイーライ・ロスにも大きなな影響を与えた作品。『キルビル』や『ホステル』などの人気シリーズからも本作の影響がうかがえるほど。

さてあらすじは、SM偏狂の安生組の若頭・垣原(浅野忠信)が、失踪した親分の行方を追う。そしてどの組にも属さないアウトローのジジイ(塚本晋也)率いる殺し屋に消されたことを知り、殺し屋「イチ」を追い始めるのだが…。


謎めいたようで筋の通ったよくできたストーリーだ。原作がいいこともあるが、この原作を見事に映像化した三池監督の感性にも驚かされる。

オープニングからの歌舞伎町、ヤクザ、音楽と共に疾走するアドレナリンマックスの映像。『デッド・オア・アライブ』を越える緊張感と迫力。

CGなどを駆使して「1」を映像化しているのだが、技術的な古さはありつつも、残酷なスプラッターでありながら金髪顔面ピアスの垣原メイクのスタイリッシュな色合いで疾走する本作は10年前に作られたとは思えないほど、今見ても新しさがある。


強烈な暴力の嵐で、誰もかつて映像化を試みなかったような、舌切りのシーンの迫力は映画史に残るほどだと思える。

また役者もいい。主演の浅野忠信はもちろん、イチを演じる大森、ジジイの塚本晋也、金子のSABU、またクエンティンタランティーノの『キルビル』出演のきっかけにもなった、菅田俊と国村隼。脇の脇を固める役者も三池映画の常連組が揃っていて素晴らしい。個性的な顔ぶれが揃っていて、よくこの顔ぶれで一本取ったと思うほど。


「人に痛みを与える時は、もっと愛をこめなきゃ」
ぶっちぎりのR-18で見るものを圧倒する痛みのオンパレード。

殺し屋を追うヤクザの物語というだけだが、その本質は変態同士の戦いを描く話なのだが、それが人間の本質を突いている。ただ痛いだけではない、「なぜ人間は暴力を求めるのか?」という哲学がある。

SとMの男同士のラブストーリー、という未だかつて描かれなかった物語ではないだろうか。それは欲望がうごめく歌舞伎町の裏社会を舞台にすることで初めて描くことができた話なのかもしれない。

ストーリーのよさでいうならコミックの影響であるが、映像化された本作では、ラストシーンが原作とは違い、難解で意味がよく分からないものになっている。この物語の解釈を観客に委ねているような終わり方が、後で考えさせられる内容だ。


しかし青空の高層マンションの屋上での決闘、というラストは実験的でもあり、素晴らしい。青空の元で対峙するど派手な服装の垣原とイチのコントラスト、原作に忠実でありながらも、三池監督は完全にオリジナルな殺し屋1の映像化に成功したといえる。

イーライ・ロスの『ホステル』シリーズなど本作から影響受けた映画が世界中にあるが、日本でこのような超残酷ながらも哲学的な映画が生まれたことは、カルト映画の歴史に永遠に刻まれ続ける偉大な功績のひとつだと思う。

本作を越える衝撃の暴力映画は、後にも先にも出てこないだろう。

Written by kojiroh