『アリラン』(2011年、韓国)―75点。天才監督の究極の自問自答自作自演ドキュメンタリードラマ

   
『アリラン』(2011年、韓国)―91min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
出演:キム・ギドク
【点数】 ★★★★★★★☆☆/ 7.5点

映画が取れなくなった、韓国映画の鬼才、キム・ギドク。
山奥に篭って一人作った究極の自問自答ドキュメンタリー『アリラン』。
カンヌ映画祭で「ある視点」部門を受賞した異色の話題作・・・ギドクの復活を告げる傑作とのことで、ようやくレンタルされ始めたので鑑賞した。

○あらすじ
ほぼ1年に1本のペースで新作を撮り続けていた韓国の鬼才キム・ギドクが、「悲夢」(2008)以来、映画界から遠ざかり、山中の一軒家で隠遁生活を送っていた自らの姿を捉えたセルフドキュメンタリー。カンヌ、ベルリン、ベネチアの世界3大映画祭でそれぞれ受賞を成し遂げたギドク監督が、国内での低い評価とのギャップや、仲間から受けた裏切りについてなど、内に秘めていた心情を吐露。「自らに疑問を投げかける自分」「それに答える自分」「それらを客観的に分析する自分」と3人の自分を演じながら心の内をさらけ出していく。

<映画.comより引用>

「レディ、アクション!」
すべてはここから始まり、ここから終わる。
究極の自問自答ドキュメンタリー。2014-01-15_193704

いや、ドキュメンタリーでもあり映画だ。キムギドクの天才っぷりが最も現れているのが本作かもしれない。
「本作はドキュメンタリーでもあり、ドラマでもあり、ファンタジーでもある」
POV的なのだが、それ以上に本物のドキュメンタリーの要素も含む。
完全な独白、第二・第三の自分がインタビュー質問を投げかける。
映画とは?国家とは?なぜ作るのをやめた?お前は一体、何をしたいのだ?
芸術系の映画監督という職業の孤独が伝わってくる。インタビューだけでもかなり魅力的で、貪欲な食欲でキムチとご飯とラーメンをかき込むように食べるギドク監督の姿も非常にユニーク。彼の生活と、命が吹き込まれている。2014-01-15_194020

それにしても、まさか自問自答を映画にするとは。
ある意味、ブレアウィッチプロジェクト以上の衝撃だ。
低予算で、自分でも作れるかもしれない・・・そう思わせるほどカラクリは単純であるが、随所に見られるギドク流のアイディアがすごいのだ。髪型を変えた自分自身、そして影。なるほど、この手があったのか!本当にギドク1人だが、2重3重の人格で、とても一人の人間しか登場していないと思えない。

2014-01-15_193743天才と呼ばれる映画監督・・・彼らは例外なくアイディアマンだ。
こんな映像遊びの手があったのかと驚かされる。

ある意味、本作はドキュメンタリードラマの革命かもしれない。
1人で山小屋に篭って、映画が撮れないことを映画にした3年間。
ブレア・ウィッチプロジェクト以上に低予算で、それでいて映画として完成されていて、芸術的なのだ。2014-01-15_193832

山小屋での自問自答の生活、仲間の裏切り、怒りを爆発させるように酒を煽って暴飲暴食、「アリラン」を歌い恨みぶし、人生の悟り、そして・・・ なんというか『タクシードライバー』の自問自答をも思い出すほど、普遍的な孤独がある。

自分もこういうアイディア映画を作ってみようかと創作意欲を刺激された一作だった。

kojiroh

『嘆きのピエタ』(2012年、韓国)―80点。ベネチア金獅子賞、えげつない傑作

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『嘆きのピエタ』(2012年、韓国)―105min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
出演:チョ・ミンス、イ・ジョンジン、ウ・ギホン、カン・ウンジン、クォン・セイン、チョ・ジェリョン etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点
*リアルタイム映画評

2012年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したキムギドクの最新作・「ピエタ」。

一時期、停滞していたギドク監督がドキュメンタリー「アリラン」での受賞から、復活し、集大成のような傑作を作り上げ、ベネチアで韓国映画初のグランプリを受賞した。そんな流れを感じていた筆者は、今月、ようやく満を持して日本公開されたPietaを劇場で鑑賞した。

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*鶏を掴むチョミンスのオープニング。斬新かつ挑戦的なショット。絵画的。

◎あらすじ
生まれてすぐに親に捨てられ天涯孤独に生きてきたイ・ガンドは、法外な利息を払えない債務者に重傷を負わせ、その保険金で借金を返済させる取り立て屋をしている。そんなガンドの目の前に、母親を名乗るミソンという女が現れた。ミソンの話を信じられず、彼女を邪険に扱うガンド。しかし彼女は電話で子守歌を歌い、捨てたことをしきりに謝り、ガンドに対し無償の愛を注ぎ続けるのだが……<All cinema>

所見の感想――とにかく、エグイ!!
100分間、釘付けになるこの狂気。エグさ。悪さ。
悪すぎる男、イ・ガンド。強烈で残忍な暴力が飛び交う前半。
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本作はすごく痛い。心の痛みだ。
グロテスクな描写や残酷残虐なスプラッターなシーンがあるわけではないが、暴力の局部、グロの局部をうまく隠しているが、それが逆に観客の想像力を引き立てるというのか。借金取立て、暴力。全般的に、とにかくシチュエーションがえげつない。
描写としても近親相姦的なものが多く、R-18でもおかしくない。
特に、○○を食わせるシーンの狂気は尋常でなかった。
えぐくて、直接的でない表現だが、思わず目を背けたくなった。
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似たジャンルの映画でいうと、『アンチクライスト』よりえぐく、ギドク過去の『悪い男』にも匹敵する悪さ。斬新で奇抜な表現――芸術を貫く姿勢がありつつ、それでいてストーリーが練られていて、ギドク監督の集大成を感じる。

鶏やウナギ、ウサギなど動物を使ったギドクらしい表現手法があったり、ナイフなど小道具、映画表現の丁寧さと奇抜さは相変わらずいつものキムギドクだ。時代はiphoneにまで電話描写が進化していて、古臭いストーリーのようで、間違いなく現代を描いている。

さらに韓国の背景や社会風刺が描かれているようにも思う。
借金苦と暴力、経済的にも苦境といわれる韓国の現代を映し出す一作でもあるのではないか。少女の援助交際がテーマの「サマリア」でもそうだが、ギドク監督は芸術性だけでなく、どこか現代へのメッセージがある。

カネとは何か。
愛とは、家族とは。
欲望にまみれるこの世の救いとは、なんだろう。

キム・ギドクが、「ピエタ」に語りかけた、その答えの1つが本作だ。
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グロテスクな物語だが、この救いのない世界観に、涙腺が緩くなってしまう、傑作だった。

こんな際どい表現作品がベネチア取って大丈夫なのかと疑ってしまうが、まあ、ギドク監督の功労賞みたいなものだろうか。

しかし、「嘆きのピエタ」という邦題はどうしても感心できない。
PIETAという神秘的なタイトルが台無しかもなあと、傑作だからこそ残念に思う次第。

kojiroh

『アジョシ』(2010年、韓国)―7.5点。ウォンビン版『レオン』


『アジョシ』(2010年、韓国)―119min
監督:イ・ジョンボム
脚本:イ・ジョンボム
出演者:ウォンビン、キム・セロン、キム・ヒウォン、キム・ソンオ etc

【点数】 ★★★★★★★☆☆/ 7.5点

『母なる証明』に次ぐ、ウォンビンの復帰作第二段。
韓国ではその年のNo.1ヒットを記録し、大鐘賞で主演男優賞を獲得したアクション映画。

不幸な少女を助けるために、わけありの強いおじさん(アジョシ)が立ち上がる…。

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●あらすじ
街の片隅で質屋を営み、人目を避けてひっそりと生きる孤独な男テシク。ところが隣の少女ソミは、そんなテシクを慕い、何かと店に入り浸っていた。迷惑がりながらも、クラブダンサーの母親に構ってもらえず孤独なソミを不憫に思い、冷たく突き放すことができないテシク。ある日、ソミの母親が犯罪組織から麻薬を盗み出したばかりに、母子は組織に狙われることに。組織の男たちは母親が預けたカバンを取り戻そうと質屋にやって来るが、テシクは驚異的な身のこなしで反撃する…。
<Allcinema>

とりあえずウォン・ビンはカッコイイし、最高にクールな映画だ。
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韓国版、いや、ウォンビン版『レオン』というデキ。
中年と幼い子供という組み合わせがなんともベタなようで、意外と目新しい韓国エンターテイメントに移った。臓器売買の密輸と児童の人身売買。テーマとしても、マフィア映画としても楽しめる。

なにより最初から最後までとにかくハードボイルド。激しいカットとスピーディーな展開。近年の映画で比較すると『ドライブ』に負けぬ男の美学が満載である。
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前半のスピード感・疾走間はとにかく圧巻だった。
カット割りもかなり早く、登場人物も多く、力技で一気に引き込まれた。

「アジョシー、アジョシー」と叫ぶキム・セロン。
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けっして、ナタリーポートマンのような美女ではない。キレイとは言えないが、愛くるしさがあり、なんだか可愛い。韓国の幼い女の顔つきの本質を感じる。

悪役もなかなか悪くて見応えあった。無駄に強いベトナム人がいたりと、雑魚からラスボスまで、そのへんはベタなアクション映画のフォーマットを辿っている。

さらには「アジョシ」=おじさん、という意味も理解でき、韓国理解が深まる映画でもあった。

とにかく、復帰したスター、ウォンビンのために作られたような映画でありつつも、韓国エンタメ映画としてもよくできた一作だと思った。

ま、この手のスピーディーな物語のわりには少し長くて、後半は失速感があり、くどい節もあった。がしかし、2部構成のような、ウォンビンが髪を切ってまで挑んだ痛快アクションのかっこよさに+0.5点ってとこ。

個人的にはウォンビンは髪が長めの方がクールだと思った上に、前半のスピード感がよかったので、ちょいおしい映画だったなと。

kojiroh

『悪い男 』(2001年、韓国)―8.0点。悪すぎる韓国男の純愛物語


『悪い男 』(2001年、韓国)―100min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
出演:チョ・ジェヒョン、 ソ・ウォン、チェ・ドンムン. etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

悪い男。
つーかもうひどい男。残酷で凶暴すぎる男。
憎悪が愛に変わる瞬間を描いた、究極の純愛物語。
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チョ・ジェヒョンの狂気的な暴力と愛がスクリーンに映し出される。

ベルリン国際映画祭に出品され物議を醸したキムギドグ初期~中期の傑作。

●あらすじ
売春街を取り仕切るヤクザの頭ハンギが、昼下がりの繁華街を彷徨っていた。やがて彼は一人の女性に眼を奪われる。しかし、その女子大生ソナはハンギに侮蔑の視線を向けると、待ち合わせていた彼氏のもとへと駆け寄る。その時、ハンギは強引にソナの唇を奪う。周囲は騒然となり、取り押さえられたハンギは男たちから袋だたきにあう。ソナにも唾を吐かれて罵られ、深い屈辱を味わう。抑えがたい復讐心と所有欲に駆られたハンギは、その後ソナを策略に嵌め、売春宿へと売り飛ばしてしまう。そして、見ず知らずの男に抱かれるソナを毎日マジックミラー越しに見守るのだった…。

韓国の置屋。はめられて売春させられる女子大生ソナ。
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とにかく生々しいの一言。
ひどい話であり、初体験で犯されるように売春するソウォンの演技は圧巻というべきか、とにかく舌を巻くほど迫力があり、性の生々しさを感じる。
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この妖艶な悲劇に、どう反応していいか困るほど。
『サマリア』でも同様だが、韓国の売春の社会問題を風刺しているようで、ヤクザ世界の底辺に落ちることで垣間見える人間の本質に迫ろうとしているように思える。

マジックミラー越しに覗き見る、女の変化。
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最後はそれを叩き割る。
モチーフとすべき小道具などが周到に用意され、登場人物の感情を指し示す。ページを破り取った美術本から曲がった釘、顔のない写真から、すべてが伏線のように用意周到にキムギドクワールドを完結させる。

相変わらず主人公は罰ゲームであるかのごとく喋らない。
キムギドク節だ。自分が喋らず回りの子分に喋らせることで、べらべら喋る以上に強烈な感情表現を成すとでも言おうか。清原みたいな顔をしたヤクザそのもののチョ・ジェヒョンの表情が悪いが深みがある。ペラペラ喋り捲る子分と、冷徹な暴力で応えるハンギ。

冒頭からソーセージ串をくわえながら一目ぼれし、暴力的に口付けするシーンなんかは常識では考えられないような展開で意表を突かれる。圧巻だ。

そして唾をはきかけるソ・ウォン。韓国女の気の強さを象徴するかのような韓国独自のリテラシーが爆発し、えげつないが引き込まれる。

暴力もガラスを切ったもので刺されたり、すぐに殴る蹴る、拉致監禁まがい。『息もできない』に並ぶ暴力描写が痛々しくも生々しい。

さて本作は純愛物語といわれる。
しかし筆者は、むしろ女性を洗脳する自己啓発的映画とも読み取れる。つまり不安定な心を持つ女性の不安や依存心を逆手に取り利用し、最後は自分のモノにする、そんな利己的な悪い男たちをあたかも愛であるかのように描く、そんな洗脳肯定的な映画であるのではないか。

しかし世の中というのはそうした洗脳的な愛が多く語られ、実存している。
洗脳であっても、幸福を感じられればそれでいいのではないだろうか。
ヤクザと売春に巻き込まれたソナのハッピーエンドというかバッドエンド。

ま、そうした解釈は色々あるが、とりえず無数のアイディアが散りばめられ、一言しか喋らない主演のチョ・ジェヒョンが迫真の貫禄を見せる、とにかく素晴らしい映画だ。

酷い物語で好きではないが、何故か魅了されていた。

kojiroh

『春夏秋冬、そして春 』(2003年、韓国)―8.0点。韓国の美しき四季、そして人間


『春夏秋冬、そして春 』(2003年、韓国)―89min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
編集:キム・ギドク
出演:オ・ヨンス、キム・ジョンホ、キム・ヨンミン、キム・ギドク etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

韓国の鬼才、キム・ギドクの『サマリア』『うつせみ』に並び最高傑作と称される一作。アメリカでもヒットし、IMDBでも最も評価の高い一作。ドイツなどの出資もあり、国際的な評価を確固なるものにした一作。

低予算な映画なようで、寡黙ながらも巧みな構成と斬新なアイディアに溢れた演出と映像美には引き寄せられた。

●あらすじ
春-深い山あいの湖に浮かぶ寺で、老僧と幼い見習い僧が暮らしている。幼子はふといたずら心で、小さな動物の命を殺めてしまう…。夏-子どもは青年になっている。そこへ同年代の女性が養生のためにやって来て、寺に暮らすことに。青年の心に欲望、そして執着が生まれる。秋-寺を出た青年が十数年ぶりに帰ってくる。自分を裏切った妻への怒り。老僧は男を受け入れ、荒ぶる心を静めるようにさとす。冬-湖面を氷が覆う。壮年となった男の前に、赤子を背負った女が現れる。そして春…。<Goo映画より引用>

とにかく単純なセットで舞台劇のようなシンプルな構成と構図、寓話的な一作であるが、韓国の四季を最大限に引き立てた映像美が圧倒的だ。

セリフはほとんどないが、こどもの邪気のない笑い声と、邪気がないからこその残酷さを伴う遊びのシーンが面白い。もはやアート。『ミツバチのささやき』、『青いパパイヤ~』にも並ぶ、美しき幼さがここにはある。
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湖の真ん中にうかぶお寺。
手漕ぎのボート。何十年立っても駆らぬ自然界の幽玄さがある。
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さて、本作ではこのお寺がなんであるか、なぜ彼らがここで二人で暮らしているのか、まったく明らかにはされない。だがその無駄な説明を省き、余分な肉がなくなった簡潔さにこそ、芸術性がある。

それにしても映像で見せる映画なのだが、セリフがなくても見るに飽きない。それほどまでにアイディアを凝らせた独創的なシーンの連続なのだ。

僕が忘れられないシーンは、「閉」を顔に貼り付けて燃え上がる和尚。
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不気味で意味不明なのだが、この映像が頭から離れなくなる。
漢字が分かる国の人ならこのシーンの狂気と、それが持つ深い意味に震え上がりそう。
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猫の尻尾で習字をする場面、文字を彫り続けるシーン、美しいだけでなく独創的で寡黙ながらも退屈させない。

他にも蛇や蛙、魚などを使った動物の描写や、岩場での少女とのセックスの生々しさには驚いた。露骨であるが、結局は人間も性に目覚め、動物的な本能や欲望が燃え上がる。そして自滅する。自然の摂理、人間界の摂理が短時間に駆け巡る。

わずか1時間半、
40年にも及ぶであろう歳月が春夏秋冬に込められ、輪廻転生する。この世は常に修行なのだといわんばかりに、軍隊時代に鍛え上げた肉体を真冬に披露するキムギドクの演技が素晴らしい。そしてエンディングに流れる「アリラン」。

そして、最後は自らが石を体に巻きつけて走り出す。

自作自演・編集から美術撮影まで、とにかくキムギドクの才気が最も集約された最高傑作かもしれない。韓国随一の天才映像作家であることは疑いようがないことを立証できる一作だった。

kojiroh

『うつせみ』(2004年、韓国=日本)―70点。寓話的な韓国愛物語

『うつせみ』(2004年、韓国=日本)―88min
監督:キム・ギドク
脚本・編集:キム・ギドク
出演:イ・スンヨン、ジェヒ、クォン・ヒョコ、チュ・ジンモ、チェ・ジョンホ etc

【点数】 ★★★★★★★☆☆☆/ 7.0点

韓国の鬼才、キムギドグが第61回ヴェネチア国際映画祭で監督賞を受賞した『サマリア』に並ぶ傑作『うつせみ』。

空蝉(うつせみ)とは、なんぞやと思って調べると、”この世に生きている人間。古語の「現人(うつしおみ)」が訛ったもの。転じて、生きている人間の世界、現世。うつそみ。” とある。意味深で伏線のようなタイトルであることは鑑賞して知ることになる。


◎あらすじ
留守宅に侵入してはシャワーを浴びたり食事をしたりという行為を繰り返しながら転々と放浪生活を続けるミステリアスな青年テソク。ある時、いつものように空き家だと思い込み忍び込んだ豪邸で、テソクはその家の住人ソナに遭遇する。彼女は独占欲の強い夫によって自宅で監禁状態にあったのだった。生気がなく抜け殻のようなソナ。やがてテソクは夫に虐げられたソナの悲惨な結婚生活を目の当たりにすると、彼女を屋敷から連れ出してしまい、ソナと2人で留守宅を転々とするようになるのだったが…。<allcinemaより引用>

ユニークかつ絵画のような構図で見せるギドクの作家性が溢れる。
とにかく寡黙で美しい作品。まるで童話のようであり、寓話的でもある。


主人公はアダムとイブのようにも思えるほど神秘的で、一切会話を交わさないのに分かり合える。北野映画も寡黙であるが、『HANA-BI』の夫婦以上に会話を交わさず、見ていてじれったいが、感情の動きが見事に映像とシーンによって分かる。まさにギドク監督の映画手法の匠。現実離れしたあまりに突拍子な設定には違和感があるけれども、とにかく表現としては圧巻である。


ジェヒの美少年っぷりと、高貴で知的な純粋さには惹かれる。だが高学歴でなぜこのような放浪生活をしているのか、何で食っているのかなど、現実的な根本は一切明かされない。後味が悪いようで、彼こそが「うつせみ」の幻想でもあるかのように思える。

それにしてもギドク監督は驚くほど繊細で、几帳面で神経質な映像を生み出す。それは彼自身がそうなのだろうか、洗濯を手洗いでするシーンや、植物に水をかけ、ドライバーなどで器用にモノを改造するシーンなど、何を見ても几帳面すぎるほど几帳面で印象深い。

『ソマリア』など他の作品でもそうだが、何かしらの図画工作や作業のシーンが神経質なほど几帳面なのだ。

またゴルフボールが凶器になるシーンなど、そのアイディアの奇抜さと、それを見事に物語に導入して重要なツールにしてしまうなど、常人離れした作家性だ。


『ブレス』でもそうだったが、醜い夫、冷め切った韓国の家庭を描くのが皮肉なほどうまい。最終的には醜い夫、男をぼこぼこにするかのように、意外な結末を迎えることになる。

90分とない尺で、ギドク監督は不思議な夢を見せてくれるかのような作品を作り続けるが、本作は最も寡黙で奇抜で、この世の何が幻想と現実なのか問いかける。あまりに現実離れしたラブストーリーであるが、この奇妙な夢のような世界観にはただただ才気を感じる。

kojiroh

『母なる証明』(2009年、韓国)―8.0点。韓国ならではの母の愛


『母なる証明』(2009年、韓国)―129min
監督:ポン・ジュノ
脚本:パク・ウンギョ、ポン・ジュノ
出演者:キム・ヘジャ、ウォンビン、チン・グ、ユン・ジェムン、チョン・ミソン etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

『殺人の追憶』や『グエムル』など、ヒットメーカーというだけでなく国際映画祭でも高い評価を得ている韓国のポン・ジュノの、カンヌのある視点部門にも出展した有名作。スターのウォンビンの兵役からの復帰作としても話題の一作。


◎あらすじ
トジュンは子どものような純粋無垢な心を持った青年。漢方薬店で働く母にとって、トジュンの存在は人生の全てであり、いつも悪友のジンテと遊んでいることで心配の絶えない毎日だった。そんなある日、女子高生が無惨に殺される事件が起き、容疑者としてトジュンが逮捕されてしまう。唯一の証拠はトジュンが持っていたゴルフボールが現場で発見されたこと。しかし事件解決を急ぐ警察は、強引な取り調べでトジュンの自白を引き出すことに成功する。息子の無実を確信する母は、ついに自ら真犯人を探すことを決意し行動を開始する母だったが…。(All cinemaより引用)


うっとおしいぐらい暑苦しく馬鹿げた息子への激しい愛。
犯人探しに奔走するキム・ヘジャの姿には、ぐいぐい引き込まれ、最後まで目が離せない緊張感があった。お母さんが探偵のままごとをしながら事件の核心に迫ってゆくハラハラ感は一級品だ。ゴルフクラブを探って家に潜入するシーンの何が起こるか分からない緊迫感や、観覧車での尋問シーンなど、殺人の追憶にも通じる迫力だ。

しかし韓国四天王といわれるウォンビンにしては、えらくドン臭い役回り。スターが演じる役ではない気がする、知的障害の殺人容疑者なんて。美少年ではあるが、その異様さと不気味な気持ち悪さは脳裏に焼きつくものがあって見事だったが。


貧しい家で育ちつつも旺盛な食欲と性欲。すぐ乱暴をふるったりキレやすい韓国人の姿をシリアスに描きつつも、何やら細かいとこでユーモアがあるのがポンジュノらしくて思わずニヤリ。アメリカに影響を受けて海外ドラマの捜査プロファイリングに影響を受けるジンテや、針治療を闇でやってしのぎを削りつつ犯人探しに奔走する展開は意表を突かれる設定でもあり、サスペンスとしても秀逸で、最後には予想だにしない結末へ向かうことになる。

母なる証明――それは罪に生きる人間への許しを司る包容力なのか。どんな罪を犯したとしても、母であれば子を守る。どんな罪を犯してでも。

特に近親相姦などが多い韓国ならではの、あまりにも距離が近い親と子の愛情が、グロテスクなようにも、ユーモラスにも写って見える部分が非常に興味深い。あとキレやすく、若年層の売春やセックスを象徴するかのような殺人事件。とにかくいびつだ。

だが人間社会の普遍的な母の愛が、韓国社会でいびつな形で変容した、非常に興味深いテーマの一作であった。そして人は罪を背負って生きてゆく。そして悪い記憶を忘れて、誤魔化して、人は生きるのだ。

それにしてもラスト・タンゴとも言えるバスの中で踊り続ける母親の姿と夕陽に照らされた奇妙なダンスが、鑑賞後の今なお忘れられない。

kojiroh

『サマリア』(2004年、韓国)―8.5点。純粋で残酷な少女たちの映画


『サマリア』(2004年、韓国)―95min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
出演者:クァク・チミン、ハン・ヨルム、イ・オル etc

【点数】 ★★★★★★★★☆/ 8.5点

ベルリン映画祭で監督賞を受賞した韓国の鬼才、キム・ギドク。三大映画祭全制覇に最も近い男と評されるギドク監督の代表作であり最高傑作といわれることの多い『サマリア』を鑑賞した。

明らかに低予算・短期間で詰め込みで撮影して、ファイナルカットで監督自身が切り刻んで作りこんだという、なんというか自主制作な雰囲気が満載な一作なのだが、冒頭からボルテージマックスで引き込まれる。この世界観は一体なんなのか――。


◎あらすじ
親友で同級生のチェヨンはヨジンと2人でヨーロッパ旅行に行くためと、いつの頃からか援助交際をするようになっていた。屈託ない笑顔を絶やさず、ためらうことなく男に身体を売るチェヨンに抵抗を感じながらも、彼女が心配なヨジンは見張り役として行動を共にしていた。そんなある時、警官の取締りが入り、それを逃れようとしたチェヨンはホテルの窓から飛び降り、命を絶つ。チェヨンの死で強い自責の念を抱いたヨジンは、罪滅ぼしのために、もういらなくなった金を返すため、チェヨンの援交相手のもとを訪ねて回ることに……。(All cimenaより引用)

この緊張感、映像美、純粋さの残る少女たちが触れる社会の暗部がひどく残酷であるが、引き込まれる。

ギドク監督の無駄な説明を一切省略して、ひたすら物語を進めてゆく手法はなかなかお見事。幻想的とも思えるような美しい映像美を織り交ぜつつ、ジャンプカットのような突発的なカットで物語が進んでゆき、くぎづけになった。

映像のふしぶしに見られる細かいアイディアも面白く、冒頭からアイスクリームを舐めながらラブホテルを監視する少女のシーンは素晴らしい。車、手帳などなど、他にもヘッドホンで娘を起こすシーンと、後々の川の中の車のシーンはよくできている。

『ブレス』でも言えるが、とにかく四季の表現に長けている。韓国の自然も日本と似ていて、山々や川の美しさには惹きつけられる。

そして視点の移り変わりが素晴らしいね。第一部のバスミルダ、第二部のソマリア、第三部のソナタ。少女の視点から、父親の視点へと移ってゆくとは、意表を突かれた。本作は視点が、突拍子なストーリーと共に、何が起こるかわからない緊張感と共に、予想を大きく裏切る展開が提示され、観客を惑わすかのように。

それにしても本作は韓国の闇を大胆にえぐっている。
暴力的で衝動的に殺しをしてしまう男、生き恥を忍んで自殺、そして体を売って旅行代を稼ごうとする少女たち。有名なことだが韓国人は娼婦になる女が少なくない。日本でも大学生が小遣い稼ぎで売春にやってくることも有名。女子高生でさえもネットを使ってこうも簡単に売春してしまう、その暗部に訴えかけてくるものがある。

作家性のある韓国映画というのは商業性がなく、才能ある監督が低予算で自主制作のごとく作られるものなのだなと、『息もできない』にも似た凄みを感じる一作だった。

kojiroh

『ブレス 』(2007年、韓国)―5.0点。美しいがグロテスクな恋物語


『ブレス 』(2007年、韓国)―85min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
出演者:チャン・チェン、チア、ハ・ジョンウ etc

【点数】 ★★★★★☆☆☆☆☆/ 5.0点

韓国の鬼才・キムギドクがこのたび『ピエタ』でベネチア映画祭グランプリという快挙を成したので、このたび筆者はギドク監督の作品を齧ってみようと適当にレンタル屋で見つけた作品を手にした。


◎あらすじ
死刑囚のチャンは、キリで喉を突いて自殺未遂を図り、声を失った。彼は残されたわずかな時間にまったく未練はなかった。夫と幼い娘と優福に暮らす主婦のヨンは、ある日夫の浮気を知る。まったく悪びれる様子のない夫に怒りを覚えた彼女は、偶然テレビのニュースで知った、死刑囚チャンの自殺未遂に不思議な同情を覚え、彼に会うために刑務所に向かった。チャンの昔の恋人だと偽り面会を果たしたヨンは、次第に彼に惹かれていき…。(Goo映画より)

春夏秋冬。韓国風の季節の移ろいと愛情の揺れ動きが美しくもある。

チャン・チェンはカッコイイ。渋い。同性愛者からもてる理由もよく分かる。

しかし、どうもチアが日本人の感覚からするとブスだと見えてしまう。それはいいんだけども、彼女が彼のために劇をするシーンが、個人的にはかなり寒い。しかもチアがやっても全然可愛らしくなく、なんともいえない気持ち悪さを覚えてしまった。さらに同性愛の男の気持ち悪さと陰湿さも群を抜いている。グロテスクと呼べる。

なんというか芸術性は認められる。独創性も、ゲイの愛の描き方も。さらに監視カメラ越しの映像を眺める謎の監視の視点が入ってくるあたりに、今まだになかったアイディアを感じる。この視点の置き方がなんともいい。

だがしかし、やはり気持ち悪すぎる。シチュエーションもさることながら、人間の愛情と利己的な家庭の描き方も、とにかくえぐい。暴力シーンが激しいわけではないが、残酷で救いようのない映画だ。

『アンチクライスト』の残酷さと救いのなさ、それと『スプリングフィーバー』の同性愛的表現がさらに気持ち悪さを増して描かれるといえば分かりやすいかも。好きな人は好きだとは思うが、賛否両論であろう。残念ながら、わたしは無理だった…。

キム・ギドク監督の才気は感じられるが、あまりにも暗く、グロテスクとも言える愛憎劇はメンタルにこたえる作品にしかならなかった。寡黙で美しく頭に残る映像もあるんだけれど……。

kojiroh

『殺人の追憶』(2003年、韓国)―7.0点。元祖・韓国本場サスペンス


『殺人の追憶』(2003年、韓国)―130min
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ、シム・ソンボ
出演:ソン・ガンホ、キム・サンギョン、パク・ヘイルetc

【点数】 ★★★★★★★☆☆☆/ 7.0点

韓国の巨匠、ポンジュノ監督によるサスペンスの名作と名高い『殺人の追憶』。国際的にも評価が高く、韓国映画の代表的一作である本作を鑑賞。

軍事政権下で比較的治安のよかった80年代に発生し、10人の犠牲者を出した華城連続殺人事件を元に映画化した作品。『チェイサー』にも並ぶ、韓国の秀逸なサスペンスの元祖とも呼べるかもしれない。


◎あらすじ
1986年10月23日、ソウル南部の農村で手足を縛られた若い女性の無惨な変死体が発見される。また数日後には、同様の手口で2人目の犠牲者が出た。さっそく地元の刑事パク・トゥマンら捜査班が出動。だが、懸命な捜査も空しく、一向に有力な手掛かりが掴めず、捜査陣は苛立ちを募らせる。その上パクと、ソウル市警から派遣されたソ・テユン刑事は性格も捜査手法もことごとく対称的で、2人はたびたび衝突してしまう…。(ALLcinemaより引用)

緊張感溢れる捜査線上。
陰湿で暴力的な韓国人を象徴するかのような荒っぽい取調べ。ソンガンホの荒っぽい野暮な醜態がユーモラスにも思えてくる。

警察という権力組織が腐敗していると言える古いやり方と、新しいアメリカ的な知的な刑事の二人で事件を追うことになる。

「アメリカは広いから頭を使う。しかし韓国は狭い。だから足を使う」
捜査の謎を追う以上に、こうした細かい韓国の特性を浮かび上がらせるやり取りが面白い。それは、どこか韓国という国の異常性や問題をえぐっているように思えるのだ。

暴力的で猟奇的な民度、よくも悪くも特徴的な民族で、酒を飲んでは暴れ狂う姿が次第に滑稽にさえ思えてくる。『チェイサー』でも同様のことが言えるが、猟奇的事件を猟奇的に追う主人公たちが何より印象的なのだ。

容疑者は浮上しては消えてゆく……。
分かりそうで分からない犯人、捜査陣が警察という組織の中でもまれて、解決を断念せざるを得なくなり、狂わされる人生。つまり本作は犯人を追っているというよりも、その犯人を追う捜査官自身を追っている。

追われる人間ではなく、追う人間にスポットを照らす。
派手なドンパチやスリルある追いかけっこをするではなく、容疑者が次々と変わってゆくだけで物語は幕を閉じる。

こうしたスタイルは、後にハリウッドの『ゾディアック』に影響しているのではないかと思える。

後味の悪さがいかにも韓国映画らしい。

黄色い麦に囲まれた田舎で呆然とするソンガンホ。
なんだか北野映画の『3-4×10月』での沖縄でたけしが草冠をかぶって遊ぶシーンを思いだすような。畑の中で呆然とする表情がなんとも絵画のような芸術性がある。

映画のテーマ性や構成的にも、韓国風サスペンスの代表作なんだろう。

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