『悪い男 』(2001年、韓国)―8.0点。悪すぎる韓国男の純愛物語


『悪い男 』(2001年、韓国)―100min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
出演:チョ・ジェヒョン、 ソ・ウォン、チェ・ドンムン. etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

悪い男。
つーかもうひどい男。残酷で凶暴すぎる男。
憎悪が愛に変わる瞬間を描いた、究極の純愛物語。
2013-01-12_101901
チョ・ジェヒョンの狂気的な暴力と愛がスクリーンに映し出される。

ベルリン国際映画祭に出品され物議を醸したキムギドグ初期~中期の傑作。

●あらすじ
売春街を取り仕切るヤクザの頭ハンギが、昼下がりの繁華街を彷徨っていた。やがて彼は一人の女性に眼を奪われる。しかし、その女子大生ソナはハンギに侮蔑の視線を向けると、待ち合わせていた彼氏のもとへと駆け寄る。その時、ハンギは強引にソナの唇を奪う。周囲は騒然となり、取り押さえられたハンギは男たちから袋だたきにあう。ソナにも唾を吐かれて罵られ、深い屈辱を味わう。抑えがたい復讐心と所有欲に駆られたハンギは、その後ソナを策略に嵌め、売春宿へと売り飛ばしてしまう。そして、見ず知らずの男に抱かれるソナを毎日マジックミラー越しに見守るのだった…。

韓国の置屋。はめられて売春させられる女子大生ソナ。
2013-01-12_101705
とにかく生々しいの一言。
ひどい話であり、初体験で犯されるように売春するソウォンの演技は圧巻というべきか、とにかく舌を巻くほど迫力があり、性の生々しさを感じる。
2013-01-12_101510
この妖艶な悲劇に、どう反応していいか困るほど。
『サマリア』でも同様だが、韓国の売春の社会問題を風刺しているようで、ヤクザ世界の底辺に落ちることで垣間見える人間の本質に迫ろうとしているように思える。

マジックミラー越しに覗き見る、女の変化。
2013-01-12_101735
最後はそれを叩き割る。
モチーフとすべき小道具などが周到に用意され、登場人物の感情を指し示す。ページを破り取った美術本から曲がった釘、顔のない写真から、すべてが伏線のように用意周到にキムギドクワールドを完結させる。

相変わらず主人公は罰ゲームであるかのごとく喋らない。
キムギドク節だ。自分が喋らず回りの子分に喋らせることで、べらべら喋る以上に強烈な感情表現を成すとでも言おうか。清原みたいな顔をしたヤクザそのもののチョ・ジェヒョンの表情が悪いが深みがある。ペラペラ喋り捲る子分と、冷徹な暴力で応えるハンギ。

冒頭からソーセージ串をくわえながら一目ぼれし、暴力的に口付けするシーンなんかは常識では考えられないような展開で意表を突かれる。圧巻だ。

そして唾をはきかけるソ・ウォン。韓国女の気の強さを象徴するかのような韓国独自のリテラシーが爆発し、えげつないが引き込まれる。

暴力もガラスを切ったもので刺されたり、すぐに殴る蹴る、拉致監禁まがい。『息もできない』に並ぶ暴力描写が痛々しくも生々しい。

さて本作は純愛物語といわれる。
しかし筆者は、むしろ女性を洗脳する自己啓発的映画とも読み取れる。つまり不安定な心を持つ女性の不安や依存心を逆手に取り利用し、最後は自分のモノにする、そんな利己的な悪い男たちをあたかも愛であるかのように描く、そんな洗脳肯定的な映画であるのではないか。

しかし世の中というのはそうした洗脳的な愛が多く語られ、実存している。
洗脳であっても、幸福を感じられればそれでいいのではないだろうか。
ヤクザと売春に巻き込まれたソナのハッピーエンドというかバッドエンド。

ま、そうした解釈は色々あるが、とりえず無数のアイディアが散りばめられ、一言しか喋らない主演のチョ・ジェヒョンが迫真の貫禄を見せる、とにかく素晴らしい映画だ。

酷い物語で好きではないが、何故か魅了されていた。

kojiroh

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年、日本)―85点。若松孝二の集大成&渾身の最高傑作


『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年、日本)―190min
監督:若松孝二
脚本:若松孝二、掛川正幸、大友麻子
音楽:ジム・オルーク
出演:坂井真紀、ARATA、並木愛枝、地曵豪 etc

【点数】 ★★★★★★★★☆/ 8.5点

今年亡くなった故人の中で最も惜しい、日本の人間国宝のような若松監督を追悼してレビューを書くことにする。

第58回ベルリン国際映画祭にて最優秀アジア映画賞と国際芸術映画評論連盟賞(CICAE賞)をダブル受賞。連合赤軍を追った、「あのとき、若者は何に突き動かされていたのか?」を問う、半ドキュメンタリーのような作りの一作。カンパなどによって制作費が賄われ、長編ながらも低予算で自主制作のような臭いがする。

しかし本作の圧倒的なエネルギーと、演技陣の迫力とメッセージ性には心の奥にあるモノを突き動かされた。

2012-12-31_115609
◎あらすじ
60年代、世界的な潮流の中、日本でも学生運動が大きな盛り上がりを見せていく。革命を旗印に、運動は次第に過激化し、逮捕者も相次いでいく。そんな中、71年、先鋭化した若者たちによって連合赤軍が結成された。しかしその後彼らは、“総括”により同志に手をかけ、真冬のあさま山荘にたてこもり、警察との銃撃戦を繰り広げることになるのだが…。<allcinema>

思想によって革命を起こそうとした若者たちの姿。
昭和の時代を感じさせ、現代に作ったとは思えぬ臭いを感じる。
2012-12-31_115508

三部構成で作られた本作は、秀逸なドキュメンタリー再現映画でもある。実際の安保闘争時代の映像などを交えて、あの時代が何であったかを問う。その時代を生きた若松監督だからこその説得力を感じる。

しかし本作のメインとして思わず舌を巻くのは、第二部の山の中での遠征、そして壮絶なリンチ。

2012-12-31_115627
2012-12-31_115653
「自らを共産主義化せよ」
地曵豪が演じる「森恒夫」の強烈な罵倒と洗脳的で新興宗教のような振る舞いはキチガイじみているが衝動的で素晴らしい。

自分しか理解していない理屈で迫り、部下をなじり、罵倒し、自殺的なリンチに追い込み、死体の山が築き上げられる……誰かが言っていたが、この連合赤軍事件の構図は、現代の日本社会の縮図なのだと。全くその通りで、学校や会社など日本の組織の中でよく行われていることだからこそ、妙に胸に残るモノがある。

永田洋子を演じる並木愛枝のブスでルサンチマンで、だからこそその劣等感を革命活動と、狂ったリンチへと誘い行く。これが彼らの望んだ「共産主義化」であったのか。最後では何が「共産主義化」を意味するか困惑し、実践の革命軍としての活動の象徴となった、「あさま山荘事件」へと続く。

ともかく、若い人々のうっぷんと衝動が革命活動への情熱へと還元され、時代遅れになった中でもなんとか足掻こうと新興宗教的な「人間開発」=共産主義化をなすべく奮闘する人々の姿が滑稽であるがリアルで、何より残酷だ。

坂井真紀の悲劇のヒロインと、永田洋子の並木の仕打ちはとにかく残酷すぎる。脳裏に焼きついて忘れられない。

3時間以上の長い映画であるが、感情をぐっと鷲掴みに最後まで見せる力量は若松監督と、この制作陣の熱量としか表しようのないモノだと思った。この狂気をフィリムに焼き付けたこと、最後にいたる強烈なメッセージ性には心を奪われた。

「足りなかったのは、勇気だよ」
若松監督に憧れて参加した、ジムオルークの音楽が鳴り響く。
低予算ながらも、本作のために集まった製作陣の情熱が伝わってくる。

ヤクザもので自信もそういった暴力的な世界に身を修めていた若松監督だからこそ作れた、多くのスタッフの情熱によって成された奇跡的な一作であることは疑いようがない。

過去に何度も映画や書籍の題材として取り上げられてきた「連合赤軍~」の中でも屈指の名作再現映画として語り継がれる名作であろう。

kojiroh

『春夏秋冬、そして春 』(2003年、韓国)―8.0点。韓国の美しき四季、そして人間


『春夏秋冬、そして春 』(2003年、韓国)―89min
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
編集:キム・ギドク
出演:オ・ヨンス、キム・ジョンホ、キム・ヨンミン、キム・ギドク etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

韓国の鬼才、キム・ギドクの『サマリア』『うつせみ』に並び最高傑作と称される一作。アメリカでもヒットし、IMDBでも最も評価の高い一作。ドイツなどの出資もあり、国際的な評価を確固なるものにした一作。

低予算な映画なようで、寡黙ながらも巧みな構成と斬新なアイディアに溢れた演出と映像美には引き寄せられた。

●あらすじ
春-深い山あいの湖に浮かぶ寺で、老僧と幼い見習い僧が暮らしている。幼子はふといたずら心で、小さな動物の命を殺めてしまう…。夏-子どもは青年になっている。そこへ同年代の女性が養生のためにやって来て、寺に暮らすことに。青年の心に欲望、そして執着が生まれる。秋-寺を出た青年が十数年ぶりに帰ってくる。自分を裏切った妻への怒り。老僧は男を受け入れ、荒ぶる心を静めるようにさとす。冬-湖面を氷が覆う。壮年となった男の前に、赤子を背負った女が現れる。そして春…。<Goo映画より引用>

とにかく単純なセットで舞台劇のようなシンプルな構成と構図、寓話的な一作であるが、韓国の四季を最大限に引き立てた映像美が圧倒的だ。

セリフはほとんどないが、こどもの邪気のない笑い声と、邪気がないからこその残酷さを伴う遊びのシーンが面白い。もはやアート。『ミツバチのささやき』、『青いパパイヤ~』にも並ぶ、美しき幼さがここにはある。
2012-12-12_101847
湖の真ん中にうかぶお寺。
手漕ぎのボート。何十年立っても駆らぬ自然界の幽玄さがある。
2012-12-12_101922
さて、本作ではこのお寺がなんであるか、なぜ彼らがここで二人で暮らしているのか、まったく明らかにはされない。だがその無駄な説明を省き、余分な肉がなくなった簡潔さにこそ、芸術性がある。

それにしても映像で見せる映画なのだが、セリフがなくても見るに飽きない。それほどまでにアイディアを凝らせた独創的なシーンの連続なのだ。

僕が忘れられないシーンは、「閉」を顔に貼り付けて燃え上がる和尚。
2012-12-12_102605
不気味で意味不明なのだが、この映像が頭から離れなくなる。
漢字が分かる国の人ならこのシーンの狂気と、それが持つ深い意味に震え上がりそう。
2012-12-12_102716
猫の尻尾で習字をする場面、文字を彫り続けるシーン、美しいだけでなく独創的で寡黙ながらも退屈させない。

他にも蛇や蛙、魚などを使った動物の描写や、岩場での少女とのセックスの生々しさには驚いた。露骨であるが、結局は人間も性に目覚め、動物的な本能や欲望が燃え上がる。そして自滅する。自然の摂理、人間界の摂理が短時間に駆け巡る。

わずか1時間半、
40年にも及ぶであろう歳月が春夏秋冬に込められ、輪廻転生する。この世は常に修行なのだといわんばかりに、軍隊時代に鍛え上げた肉体を真冬に披露するキムギドクの演技が素晴らしい。そしてエンディングに流れる「アリラン」。

そして、最後は自らが石を体に巻きつけて走り出す。

自作自演・編集から美術撮影まで、とにかくキムギドクの才気が最も集約された最高傑作かもしれない。韓国随一の天才映像作家であることは疑いようがないことを立証できる一作だった。

kojiroh

『MAD探偵 7人の容疑者』(2007年、香港)―8.0点。


『MAD探偵 7人の容疑者』(2007年、香港)―89min
監督:ジョニー・トー、ワイ・カーファイ
脚本:アウ・キンイー、ワイ・カーファイ
出演:ラウ・チンワン、ラム・カートン、ケリー・リン、アンディ・オン etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

原題は、『神探』。
ジョニートー監督の隠れた名作と名高い『MAD探偵――』
日本公開はなんと2011年と非常に遅れていたが、第64回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門ではサプライズフィルムとして上映され、カルト的な一作と評判もいいので筆者はレンタルで鑑賞した。

2012-12-11_111706

●あらすじ
西九龍署・刑事課へ配属された新人のホー刑事は、奇抜な捜査で難事件を解決する先輩刑事のバンと出会う。彼は、自らを殺人現場と同じ状況に置くことで真犯人を突き止める特殊な能力を持っていた。しかし、それは精神を病んでいるようにも思われ、その数々の常軌を逸した行動が原因でクビになってしまう。それから5年後。バンのもとをホー刑事が訪ね、1年半前に失踪したウォン刑事の拳銃が使われた連続殺人事件の捜査協力を依頼する。さっそくホーと共に捜査に乗り出したバンは、ウォン刑事の相棒だったコウ刑事に疑いの目を向ける。ほどなく、バンにはコウの中に7人の異なる人格が宿っているさまが見え始めるが…。

冒頭からテンションマックスでの豚斬り。わけのわからないきちがいじみた捜査方法で事件の謎を暴く。
2012-12-11_112317
スーツケースで自ら落ちてゆく場面など、謎であったが次第の彼の持つ特殊能力が明らかになる。この観客を惑わしつつも次第にバンの謎を晒してゆく手法が面白い。霊的存在を霊的ではなく、普通の人格を持つ人間として描いている点が、独特の世界観であり、時間がたつと共にばしっとハマる。

常連のラムカートンからラムシューまで脇役もトー・ファミリー。しかし彼の作品の中では郡を抜いて異色な作風であろう。彼の作品の中で最も優れて強烈なキャラクター造詣が、このバン刑事であろう。
2012-12-11_112348
とにかくゴッホのような天才刑事を香港を舞台に描いたことが素晴らしく斬新で、今まで見たことのない刑事サスペンス映画であった。仏教観念的なスピリチュアルな世界と作家のような刑事、それを狂気的に演じたラウ・チンワンがすごい。

特に中華料理屋でフカヒレと米を何度も何度も食べ続けるシーンは、トー監督特有の秀逸な食事シーンと、『エレクション』でレンゲを食べるような狂気を感じる、本作の中で最も忘れられないワンシーンだった。

事件の謎以上に、彼自身に対する謎も散りばめられ、最後には輪廻転生を繰り返すようなThe endだ。

そんなわけで『MAD-』は、前半の引き込みから中盤にかけてはかなり素晴らしいと思った。スピード感もあり事件解決方法の目新しさなどに惹きつけられる。

が、ジョニートー監督のいつもながらの後半の失速というか葛藤や心のもやもやでぐだぐだするところがちょっと蛇足であった気がする。終わり方は個人的にかなり好きであるが、いつものごとく銃撃戦で人が最後までしななすぎでリアリティがない……まあそれが香港映画らしいけれども。

最後の鏡の中の対峙はトリッキーだが人間の内面をあばくモチーフとして描かれているようだ。
2012-12-11_112428

てわけで前半9点、後半6.5点、ラウチンワンのMAD探偵の新しさに+0.5点っていう映画でした。

しかしインド人も登場するなど、香港が舞台ならではの映画なのだろう。香港びいきの筆者はこの世界観が非常に好きでした。

kojiroh

『タッカーとデイル 史上最悪にツイてないヤツら』(2010年、カナダ=米)―8.5点。パロディを越えた傑作爆笑ホラーコメディ


『タッカーとデイル 史上最悪にツイてないヤツら』(2010年、カナダ=米)―89min
監督:イーライ・クレイグ
脚本:イーライ・クレイグ、モーガン・ユルゲンソン
出演:タイラー・ラビン、アラン・テュディック、カトリーナ・ボウデン etc

【点数】 ★★★★★★★★☆/ 8.5点

サンダス映画祭にも出品され、コアな映画ファンを唸らせ、
「ショーンオブザデッド」以降のホラーコメディの傑作と絶賛され、爆笑させていると大好評なB級クソ映画『タッカーとデイル 史上最悪にツイてないヤツら(Tacker and Dale Vs evil』を遂に準新作レンタルにて鑑賞。

所感はずばり、腹を抱えて大爆笑でした(笑


●あらすじ
休暇を過ごそうと森へやってきた親友同士のタッカーとデイルが同じ時にキャンプに来た大学生グループに、山に暮らす殺人鬼だと勘違いされたことからとんでもない事件に巻き込まれていく。殺人は起こっていないのに、次々と死人が出て行く。<Kinenoteより引用>

冒頭からもろ、『悪魔のいけにえ』。

馬鹿っぽいチャラ大学生が田舎へ向かう。嫌なフラグが立つ悪そうな二人組み。でもめっちゃ善人。馬鹿で明るい。念願の別荘で楽しんでて、女子大生を助けたら殺人鬼に間違われ……うーん、アホな勘違い映画なんだが本当に良くできてる。徹底して脚本をパロディ交えて練っていて、めちゃくちゃ完成度が高い。

グロくて、笑えて、お色気、んで最後はGet the lady。このベタさがいいです。

デールを演じるタイラー・ラビンの馬鹿さと憎めない可愛さは、『ハングオーバー』シリーズのザックに匹敵するほど、強烈なインパクトを残す。

一番笑ったのがチェーンソーとウッドチョッパーのシーン。

『悪魔のいけにえ』のパロディすぎるのだが、チェーンソーの猛突シーンはもはや原作のレザーフェイスを越える面白さだ。さらに後者のウッドチョッパーは特に大爆笑でした。不謹慎で可哀想になるスプラッターシーンなんだが、今思い出しても笑えるほど。映画でこんなに笑ったのは久しぶり。

さらには中指薬指が紙に入れられて送られてくるシーンなんかは、もはや『ブレアウィッチ』すぎて面白い。色んな「田舎へ行って悲劇に遭遇する」ホラー映画のごちゃまぜパロディで、元ネタさえよく分からないかも。

殺人でもないのに人が偶発的に死んでゆくとこなんかは、『ファイナルディスティネーション』的でもある。

最後のオチに至るまでよくできている。単なる馬鹿映画かと思いきや、最後まで落としてくれる。まさか彼の父親が犯人だったとは……おっとと、ネタバレルのでこの編でやめときましょう。

まとめると、『最終絶叫計画』的なパロディ映画なんだけど、もはや本家の面白さを越えてしまうほどよくできたオリジナリティあるパロディだ。この2人の名コンビぶりはもう忘れられない。それほど爆笑した。口コミでもあまりにも評判いいので、続編もできることを少し期待したい。

てわけで悪趣味なことで笑える友人と一緒に盛り上がるために自宅に一本持っておいてもいいなと思える一作でした。

kojiroh

『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年、アメリカ)―85点。実録・銃社会アメリカのブラックコメディ


『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年、アメリカ)―120min
監督:マイケル・ムーア
製作:チャールズ・ビショップ etc
脚本:マイケル・ムーア
出演:マイケル・ムーア、チャールトン・ヘストン、マリリン・マンソン、マット・ストーン、ジョージ・W・ブッシュ etc

【点数】 ★★★★★★★★☆/ 8.5点

カンヌ映画祭に出品されて大きな反響を読び特別賞を受賞した作品。アカデミー賞でもドキュメンタリー部門を受賞。アメリカの現体制を徹底的に皮肉る、世界的にもムーアの存在を広めた代表作が、『ボーリングフォーコロンバイン』。


◎あらすじ
1999年4月20日、アメリカ・コロラド州の小さな町リトルトン。2人の少年は朝の6時からボウリングに興じていた。いつもと変わらぬ1日の始まり…のはずが、この後2人の少年は銃を手に彼らの通う学校、コロンバイン高校へと向かった。そして、手にしていた銃を乱射、12人の生徒と1人の教師を射殺し23人を負傷させた後、自殺した。マイケル・ムーアは問う、“なぜアメリカはこんなにも銃犯罪が多いのか”と。その疑問を解消するため、マイケル・ムーアはカメラとマイクを手に様々なところへアポなし突撃取材を始める……。<Allcinemaより引用>

コロンバイン銃乱射事件に迫るドキュメンタリー、と思わせつつ、実は病んだアメリカ社会の本質に迫ろうとする映画。


主張の的確性もともかく、とにかく行動派ジャーナリストであるマイケル・ムーアのパワフルな躍動が面白おかしい。動いて動いて動き回り、皮肉るブラックユーモア満載だ。

銃社会アメリカとカナダの「鍵をかけない」社会との対比で、アメリカがいかに臆病で、個人と個人の繋がりが軽薄であるかを訴えかけ、白人支配の歴史をも振り返る。ショッキングな事件を題材にして、色々な社会の暗部をえぐる手法は見事だと思った。(*一部、極端すぎて鵜呑みにしてしまいそうなこともあるが…)

特に素晴らしいのが、マリリン・マンソンのマスコミと社会を批判するインタビューであろう。
……Children Turn in the little Monster
……Who is the brain?(子供に害を及ぼす中核にあるのは何か?)

-Heavey Metal
-Video game
-Society
-Parents
-Marilyn Manson、-Marilyn Manson、-Marilyn Manson、-Marilyn Manson、-Marilyn Manson、-Marilyn Manson


そう、事の発端はコロンバイン事件の主犯である2人がマンソンの音楽を好んで聴いていたことから始まる。

マンソンの反社会的なメッセージが彼らを衝動に突き動かしたのではないか? そしてマンソンはメディアや政治家に叩かれた。「マンソンの音楽は反社会的で子供に害を与えている」と、政治家がマンソンを批判する演説をする。

「事件と俺が無関係だとは思わない。
でも、メディアが俺を敵にするのは、それが簡単だからだ」

<デブだと女とヤレないからダイエット薬を買え>のように、コマーシャルは人々の不安を刺激してモノを売っている。

不安、弱い部分を刺激することで、商業社会が成り立っている本質をクールにざくざく切り込んでゆく最高のインタビューだ。BGMで流れる”FIGHT SONG”がまさにクールな社会風刺。

銃社会と自由。すべては臆病者の馬鹿なアメリカ人がすがる愚かな道具だ!と最後までメッセージ性がある。銃教会の会長には会えず、結局のところ何も本質的な解決になっていないが、ここまでの過程をマンソンも交えてフィルムに焼き付けたことには意義を感じる。

極端すぎてすべてを信じると危ないドキュメンタリーではあると思うが、重苦しいテーマをムーアのユーモアと、ポップなテイストでアニメを挿入したり様々な技巧を駆使して編集して作り上げた本作は、ドキュメンタリー映画史の中でも語り継がれる名作であろう。

kojiroh

『ホテル・ルワンダ』(2004年、英=伊=南アフリカ)―8.0点。南アフリカから国際社会への風刺


『ホテル・ルワンダ』(2004年、イギリス・イタリア・南アフリカ)―122min
監督:テリー・ジョージ
脚本:テリー・ジョージ、ケア・ピアソン
出演:ドン・チードル、ソフィー・オコネドー、ニック・ノルティ、ホアキン・フェニックス、ジャン・レノ、ファナ・モコエナ etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

実話の映画化。魂を揺さぶられ、あなたも当事者になる物語……
こんなコピーと評判のいい名作と話題の映画。アカデミー賞でも外国映画賞ノミネート、トロントでの受賞など、最も有名で世界的にも成功した南アフリカを舞台にした映画だと言えよう。


●あらすじ
1994年、ルワンダの首都キガリ。多数派のフツ族と少数派のツチ族の内戦はようやく和平交渉がまとまるかに見えたが、街では依然としてフツ族派ラジオ局が煽動的なプロパガンダを繰り返し不穏な空気に包まれていた。ベルギー系の高級ホテル“ミル・コリン”で働く有能な支配人ポール。ある晩帰宅した彼は、暗闇に妻子や近所の人たちが身を潜めていのるを目にする。フツ族大統領が何者かに殺され、これを契機にフツ族の人々がツチ族の市民を襲撃し始めたのだ。ポール自身はフツ族だったが、妻がツチ族だったことから一行はフツ族の襲撃を逃れミル・コリンに緊急避難するのだが……<allcinemaから引用>

南アフリカ、民族紛争、そして外資系のホテル。
日ごろ触れることのない世界が垣間見れてまず興味深かった。アフリカなまり?の英語が色々と喋り、外資の文化をしっかりと受け継ぎ、白人を客として招き、ホテルを運営するその光景がまず一興。

品格を高めるためのコイーバの葉巻。中国から仕入れたナタなど、いろんな国からのモノが入りつつ発展してゆく様相を見せるルワンダも、国際社会が止めようとしない紛争が巻き起こる展開がスピーディーに描かれる。

なんと言っても、本作はドン・チードルの名演。国連と将軍、さらにはホテルの従業員、難を逃れた人々との必死の非暴力の駆け引きが緊張がありつつクライマックスへと盛り上がる。追い詰められてからが本番であったかのように、状況が二転三転。

と、紛争の中で国際社会の中を切磋琢磨し生き延びた人々の物語なのであるが、個人的には本作での虐殺の現実を伝えるという主旨以上に、アフリカの黒人が国際社会の中でどのような生き様をできうるのか?……この観点を探ることに意義を感じた。


「君は黒人であり、ニガーにすらなれない……」
国際社会で見捨てられた黒人たち。守ってくれることが当たり前だ、人権だと信じていた日常が、脆くも崩れ去る。白人的な社会、国際的な舞台で活躍するために高めていた「品格」が、意味を成さなくなりうる。

ネクタイを締めてスーツを着て、品格を得た気がしていた簡単な人生は幻想的で、背負っている十字架と向き合うことを忘れてしまった現代人へのメッセージなのかもしれない。

消せないアイデンティティ。人種。民族。
そうしたものと向き合い、戦ってこそ、真の「品格」を得られるのか。

とにかく、紛争の現実を知る以上に、それを他人行儀で見守るだけの国際社会に対する皮肉もあり、ジャンレノもちょい役で出演している、今の時代に見るべき映画であることは疑いようが無い一作であった。

kojiroh

『ファイナル・デッドブリッジ』(2011年、アメリカ)―8.0点。人体破壊スプラッター・コメディ


『ファイナル・デッドブリッジ』(2011年、アメリカ)―92min
監督:スティーヴン・クォーレ
脚本:エリック・ハイセラー
出演:ニコラス・ダゴスト、エマ・ベル、マイルズ・フィッシャー、アーレン・エスカーペタ、デヴィッド・ケックナー、トニー・トッドetc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

ファイナル・デスティネーション シリーズの第五弾。
アクションホラーというかスプラッターの人気シリーズ最新作。

筆者は映画の予告編を見てB級ホラーなクソ映画の臭いをぷんぷん感じ、面白そうだと思ってレンタルした見た。特に有名なシリーズものだとは知らなかっただが、初めて見た『ファイナル・ディスティネーション』シリーズだったので、非常に新鮮で面白く感じた。


◎あらすじ
主人公のサムたちは会社の研修旅行の中、工事が続いている巨大な吊り橋をバスで渡ろうとしていた。 その瞬間、サムは自然災害により突如として橋が崩れ落ち、同僚や上司が次々と死んでいく凄惨な予知夢を見る。 パニックに陥ったサムは周りに危険を知らせると、恋人モリーを連れ橋から避難、彼らを含め8人の社員が奇跡的に事故から生き延びる。 ところが、それは新たな惨劇の始まりであった・・・。<Wikiより引用>

トントン拍子で話が進む。お決まりのパターンでバスで予知夢を見る。しかしブリッジ崩壊の迫力はかなり大スペクタクルで一見の価値ありだと主タ。3D映画であったためか、奥行きのある映像が冒頭から楽しめた。

橋が崩れ落ちてみんな体ぐちゃぐちゃになって死んでゆく。
再現してはいけない人体破壊シーンに、こんなポップな映画が挑んでいることが目新しかった。この残酷な自然災害的なスプラッターな殺戮は、グロいが笑える。


が、間一髪で難を逃れる。しかし死のフラグは順番にやってくる……このベタなようでユニークなシチュエーション映画が、初めて見ると新鮮。

次死ぬ奴は誰か?
どうやって死ぬのか?
という嫌な予感がB級映画な流れで次々と死亡フラグが立ち始めるベタというかお決まりのパターンは緊張感があるし、何より笑える。

目を背けたくなるような残酷な死に方、特に本作ではレーシックのレーザーで焼け死ぬセクシー美女のシーンなどが印象大。

しかし残酷でありつつアメリカらしい馬鹿さがどこかある。ギャグとも思えるほどに。そしてよくここまで馬鹿な殺害方法を思いつけたなと感心できるほど。

他にも中華系SPAでの針治療など、題材的にも現代的な社会への風刺的なものがある気がした。それにしても「なんでそんなネジが外れたり、モノが勝手に落ちるの?w」と突っ込みたくてしょうがなくなる。

特にトニー・トッドの検死員が味がある。
シリーズでずっと出ているようだが、勿体つけて死神宣告をする彼の姿が陳腐なようでB級クソ映画の死亡フラグとしては最高のエッセンスになっていると思う。マジなようで笑えるこのテンションがいいのだ。

てわけでスプラッター要素ありつつ爆笑できる、なかなか類稀なこの映画に興奮した。過去の「ファイナルディスティネーション」シリーズも全部見てみたいという気分になる。

でもやっぱり、この手のシリーズは最初に見たのが一番インパクトあるのでマンネリ化するんだろうなと、まあ初めて見たので好評価と言う次第。

kojiroh

『アウトレイジビヨンド』(2012年、日本)―8.0点&7.0点。平成の「仁義なき戦い」、新領域ヤクザ映画


『アウトレイジビヨンド』(2012年、日本)―112min
監督:北野武
脚本:北野武
音楽:鈴木慶一
出演:ビートたけし、西田敏行、三浦友和、加瀬亮、中野英雄、松重豊、小日向文世、高橋克典、桐谷健太、新井浩文、塩見三省、中尾彬、神山繁 etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点
※リアルタイム映画評

今年、最も公開を楽しみにしていた『アウトレイジ』の続編。
2年を経て、丁寧に豪華キャストで作られ、さらにエンタメ寄りな作品ながらもベネチア映画祭に出品し、たけしらしからぬほど宣伝し、初登場一位を記録し、オフィス北野としては異例なヒット。前評判のよさなどに期待を胸にしていた筆者は新宿のピカデリーで鑑賞した。


黒塗りの車、赤いタイトル、黒いスーツのヤクザたちと罵倒。静に鳴り響く鈴木慶一のサウンド。冒頭から圧巻のテンション!

◎あらすじ
関東最大の暴力団組織・山王会の抗争から5年。関東の頂点を極め、政治の世界に進出するなど過剰に勢力拡大を進める山王会に対し、組織の壊滅を図る警察が動き始める。関西の雄ともいえる花菱会に目をつけた警察は、表向きは友好関係を保っている東西の巨大暴力団組織を対立させようと陰謀を企てる。そんななか、以前の抗争中に獄中死したはずのヤクザ・大友が生きていたという事実が持ち出され、突然出所を告げられるのだが……。(映画.comより引用)

所感、前作よりもシリアスに、ハードボイルドになった。
女っけなし、笑いなしの男たちの生き様にしびれる。
大友と木村。二人の熱い絆による復讐劇でもある。前作以上の冴えた演技を見せる中野英雄はたけしよりも本作では中心にいる。

そしてジェームズ・エルロイ的な悪徳警官っぷりに拍車がかかる、小日向こそが本作の最重要なキーマン。

前作で関内会長が担っていた黒幕的な役割を、本作では片岡刑事が担うかのごとく、動き回り、部下を罵倒し、シナリオを練る。情や仁義などみじんもない、金と権力で動く悪徳っぷりは前作以上に冴えている。

前作の路線と似ているようでまた違った新領域に、色々と意表を突かれる映画であった。とりあえず2時間ハイテンションでアウトレイジの世界に引き込まれて、エンディングで驚愕というか唖然、という鑑賞。

新井や西田など、豪華なキャストが、各々情のあるやくざと経済やくざの悪役たちを演じて対峙し、罵倒と暴力、そして死体の山が築き上げられる。前作以上のスピード感で疾走する。


西田と塩野の関西ヤクザのコンビが特に秀逸な罵倒劇を見せてくれた。

反面、前作のキャストで目立った三浦と加瀬は、本作では追われる役になるので少し失速気味で、前作のような裏で陰謀を企てる黒さと怖さが役柄的にもパワーダウン。加瀬が本作では常にキレているので、唐突にキレる前作のような怖さがなく、少し残念。

どうも全体的に登場人物が多すぎて、詰め込みすぎで喋りすぎの印象もあった。
本来の北野映画が持つ作家性や映像や構図の美しさ、または独自のユーモアやギャグなど、前作ではうまく調和が取れていた要素は、「ビヨンド」ではすっかり影を潜めてしまった。

よりシリアスな本格ヤクザ映画になったと喜ぶべきか、しかしこの男臭さと悪い陰謀を潜ませつつ怒鳴り、罵倒し、とにかく唯一無二と思えるテンションには前作のファンとしては興奮。冒頭からボルテージマックス。(むしろ冒頭が最もテンション高かったかもしれない…)

Vシネでしか再現できない類の暗黒映画のような内容を、スクリーンで全国に上映して見れることは、新しい時代の何かを感じる。そして笑ってしまうぐらい大物がすぐに死んだりして、こんなのはきっと北野武にしかできないであろう。

ネタバレになるが、最後は唐突で、何やら次回作を彷彿させる。たけしが編集中に次のアイディアを思いついてあえてあのラストにしたんじゃないかと思えるほど。

また次も、最後に死んだ彼が、実は何かしらのカタチで生きていた、という内容ではないかと色々と想像が広がる。とにかくアウトレイジの世界はまだまだ続くことに期待したくなる世界のキタノの新領域だった。

kojiroh

◎クロスレビュー(編集員マルクス氏)
【点数】 ★★★★★★★☆☆☆/ 7.0点

その日、腹をナイフで刺される夢を見た。
その後思いっきり切り裂かれ、救急車で運ばれてから無麻酔で縫合されるという荒療治を受けたところで目が覚めたのだが、最早その時点でアウトレイジビヨンドなんざ怖かねえという気分に満ち満ちていた。鑑賞のコンディションとしては最良に近い。という覚悟と期待を込めて見に行ったアウトレイジビヨンドではあるが、実際観てみれば前作で言う歯医者やラーメンのような露悪的なシーン(ただしここで言うのは、悪趣味とか俗悪とかの「悪」だ)はなりを潜め、ひたすらヤクザ同士の殺しに傾注する映画に変化しており肩透かしを食わされた。

死んでも構わんとばかりに痛めつけた結果死亡ではなく、はじめから殺すつもりでやっているシーンばかりなのである。独創的な殺し方はあって楽しめたのだが、殺しシーンの総数が多すぎて全体では埋もれてしまう。ヤクザの抗争を淡々とドキュメンタリー的に撮った映画にすら見えてくるくらいだ。

が、そうなって来ると違和感を感じるのが主人公の大友だ。組をほぼ皆殺しにされてすっかり隠居気分になった大友の言動は、前作では匂わせる程度にとどめていた古き任侠道を強く推しており、はっきり言ってこのシナリオにはそぐわない人物となってしまっている。

「ヤクザにも守んなきゃいけない道理ってのがあるんだよ」
これは言わせてはいけなかったはずだったのだ。そうでなくても大友を無理にかっこ良く描きすぎだったのだが、この台詞で大友は完全に、なにかのコピーキャットに堕してしまった。

ただ、大友自身がヤクザとしてのモチベーションを完全に失っている描写も多く、であれば逆に意図的に「かくあらん」という意思を込めていたのだとすれば、逆にその齟齬は埋まり、綺麗に収まるのだが……だとしたら、そこはもう少しとっかかりが欲しかったところではある。

ある意味見所なのは前作に引き続き、石原だろう。前作では美人局の女は用意しても男を用意し忘れるなど絶妙に気が利かないながらも、こんな小さな組で金庫番をやっているのが不思議なインテリぶり(英語が喋れるとか)を見せつつ、経済ヤクザとして暗躍し、数少ない生き残りとなった。

一方今作では、哀れすっかりおかしくなってしまい、スポットが当たるシーンの9割ではひたすら部下に喚き散らし、無茶苦茶な罵声を浴びせるだけの存在と化している。役者に「若頭の器ではなかったんでしょう」とまでコメントされる様には思わず涙を禁じ得ない。

あんなに美味しいキャラだった石原もこのような大雑把なキャラ付けをされ、主人公の大友はやる気を失い、前作では大友と対立し、序盤で事実上退場した木村は大友を慕い今作ではタッグを組むが、はっきり言って説明不足と言わざるをえない。刑事の片岡は相変わらず小物で良かった。

前作の時点で「大物は死に小物が生き残る」という形をとった以上必然かもしれないが、本作の登場人物は皆、器ではなかったのだ。あるいはアウトレイジも、続編の器ではなかったのかもしれない。
※グバナン大使は出ません。

by マルクス氏

『母なる証明』(2009年、韓国)―8.0点。韓国ならではの母の愛


『母なる証明』(2009年、韓国)―129min
監督:ポン・ジュノ
脚本:パク・ウンギョ、ポン・ジュノ
出演者:キム・ヘジャ、ウォンビン、チン・グ、ユン・ジェムン、チョン・ミソン etc

【点数】 ★★★★★★★★☆☆/ 8.0点

『殺人の追憶』や『グエムル』など、ヒットメーカーというだけでなく国際映画祭でも高い評価を得ている韓国のポン・ジュノの、カンヌのある視点部門にも出展した有名作。スターのウォンビンの兵役からの復帰作としても話題の一作。


◎あらすじ
トジュンは子どものような純粋無垢な心を持った青年。漢方薬店で働く母にとって、トジュンの存在は人生の全てであり、いつも悪友のジンテと遊んでいることで心配の絶えない毎日だった。そんなある日、女子高生が無惨に殺される事件が起き、容疑者としてトジュンが逮捕されてしまう。唯一の証拠はトジュンが持っていたゴルフボールが現場で発見されたこと。しかし事件解決を急ぐ警察は、強引な取り調べでトジュンの自白を引き出すことに成功する。息子の無実を確信する母は、ついに自ら真犯人を探すことを決意し行動を開始する母だったが…。(All cinemaより引用)


うっとおしいぐらい暑苦しく馬鹿げた息子への激しい愛。
犯人探しに奔走するキム・ヘジャの姿には、ぐいぐい引き込まれ、最後まで目が離せない緊張感があった。お母さんが探偵のままごとをしながら事件の核心に迫ってゆくハラハラ感は一級品だ。ゴルフクラブを探って家に潜入するシーンの何が起こるか分からない緊迫感や、観覧車での尋問シーンなど、殺人の追憶にも通じる迫力だ。

しかし韓国四天王といわれるウォンビンにしては、えらくドン臭い役回り。スターが演じる役ではない気がする、知的障害の殺人容疑者なんて。美少年ではあるが、その異様さと不気味な気持ち悪さは脳裏に焼きつくものがあって見事だったが。


貧しい家で育ちつつも旺盛な食欲と性欲。すぐ乱暴をふるったりキレやすい韓国人の姿をシリアスに描きつつも、何やら細かいとこでユーモアがあるのがポンジュノらしくて思わずニヤリ。アメリカに影響を受けて海外ドラマの捜査プロファイリングに影響を受けるジンテや、針治療を闇でやってしのぎを削りつつ犯人探しに奔走する展開は意表を突かれる設定でもあり、サスペンスとしても秀逸で、最後には予想だにしない結末へ向かうことになる。

母なる証明――それは罪に生きる人間への許しを司る包容力なのか。どんな罪を犯したとしても、母であれば子を守る。どんな罪を犯してでも。

特に近親相姦などが多い韓国ならではの、あまりにも距離が近い親と子の愛情が、グロテスクなようにも、ユーモラスにも写って見える部分が非常に興味深い。あとキレやすく、若年層の売春やセックスを象徴するかのような殺人事件。とにかくいびつだ。

だが人間社会の普遍的な母の愛が、韓国社会でいびつな形で変容した、非常に興味深いテーマの一作であった。そして人は罪を背負って生きてゆく。そして悪い記憶を忘れて、誤魔化して、人は生きるのだ。

それにしてもラスト・タンゴとも言えるバスの中で踊り続ける母親の姿と夕陽に照らされた奇妙なダンスが、鑑賞後の今なお忘れられない。

kojiroh