『ファイトクラブ』(1999年、アメリカ)―9.0点。物質社会からの脱出を掲げる名作


『ファイトクラブ』(1999年、アメリカ)―139min
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:ジム・ウールス
音楽:ザ・ダスト・ブラザーズ
主題歌:ピクシーズ「where is my mind?」etc
出演者:エドワード・ノートン、ブラッド・ピット、ヘレナ・ボナム=カーター、ミート・ローフ ETC

【点数】 ★★★★★★★★★☆ / 9.0点

鬼才、デビッド・フィンチャーによるカルト映画として名高い『ファイトクラブ』は、年をますごとに名声を高め、歴代映画ランキングでも必ず上位に君臨する近年のアメリカ映画の傑作と呼ばれている。

学生の時に一度見たのだが、社会人になってから見直してみると、新しい発見がたくさんある一作だった。特に社会や企業、資本主義への風刺が、年齢を重ねると共に共感性を増していることに驚く。


◎あらすじ
ジャック(エドワード・ノートン)は保険会社に勤めるヤング・エグゼクティブ。ここ数カ月は不眠症に悩み、さまざまな病気を抱える人々が集まる「支援の会」に通い始め、そこで泣くことに快感を覚えるようになる。そんなある時、出張先の飛行機でジャックはタイラー(ブラッド・ピット)と知り合う。フライトから帰ってくるとなぜかアパートの部屋は爆破されており、ジャックは仕方なくタイラーの家に泊めてもらい、殴り合いをすることになるのだが..…(キネマ旬報より引用)

現代社会、資本主義で働き消費を繰り返すだけの奴隷になっている現代人の闘争本能を目覚めさせる、それがファイトクラブ。去勢されたホワイトワーカーが、次第に暴力と狂気に目覚める姿が描かれる。反社会的な組織を結成する物語が、なんとも痛快というか風刺的で、『未来世紀ブラジル』であったり、『時計仕掛けのオレンジ』にも通じるテーマ性がある。


タイラーバーデンの強烈なキャラクター造詣は歴代映画史にも名を残す。物質社会を否定し、人間的自由を求める彼の言葉には哲学がにじみ出る。
「我々は消費者だ、ライフスタイルの奴隷だ!殺人、犯罪、貧困、何の興味も持たない、興味があるのは芸能雑誌やTV、下着のデザイナーの名前、毛生え薬、インポ薬、ダイエット食品、ガーデニング、何がガーデニングだ!タイタニックと一緒に沈んじまえばいいんだ!……」


放浪されるエドワード・ノートン。彼の語り口、ナレーションも言いえて妙で、仕事にライフスタイルが支配され、飛行機の中で一回分の友達を楽しむ遊びに興じるほど、物質的に豊かだが虚しい心を持て余している姿が、ユーモラスでもあるが会社員の悲しさを感じる。

仕事漬け、消費漬けによって支配されたライフスタイルと感受性、そして本能。不眠症に苦しみ、失われた感性を蘇らせるために男は動き出す。まずは「支援の会」に参加、そしてファイトクラブへ。現実にも起こりえそうな物語に、普通じゃないリアリティを感じ、それゆえこの映画が本物の反社会的映画になり得る所以ではないだろうか。ファイトクラブは実在し得る。


最後は女を選び、消費社会の元凶であるカード会社の崩壊を眺める。
ピクシーズの楽曲が流れ続けるラストシーンが忘れられない。

まさに模倣となる映画。
「ファイトクラブ」が本作の影響で生まれてもおかしくない。そう感じるほど現代の矛盾や自由への羨望を心地よく刺激してくれる。

Kojiroh

『REC』(2007年、スペイン)―9.0点。POVゾンビ映画の最高峰


『REC』(2007年、スペイン)―85min
監督:ジャウマ・バラゲロ、パコ・プラサ
脚本:ジャウマ・バラゲロ、ルイソ・ベルデホ、パコ・プラサ
撮影:パブロ・ロッソ
出演者:マヌエラ・ベラスコ、フェラン・テラッサ、ホルヘ・ヤマン・セラーノ、カルロス・ラサルテ、パブロ・ロッソetc

【点数】 ★★★★★★★★★☆/ 9.0点

『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』と同じく、全編ビデオカメラを用いた主観撮影によるモキュメンタリー作品で、本国スペインでは大ヒットを記録した『REC』。米国でもリメイクされた話題作。

スペインのゾンビ系の映画は珍しいと思いつつも、ロメロの『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』は本作の劣化コピーだったんじゃないかと思える。それほどまでにRECの完成度は素晴らしい。


◎あらすじ
ドキュメンタリー番組のため毎晩取材に励むローカルテレビ局のレポーター、アンヘラ。彼女はカメラマンのパブロと共に、その夜は消防士の同行取材を行なっていた。深夜、アパートの住人から“隣に住む老婆の叫びや殺してやるという声を聞いた”との通報が入り、さっそく現場へ向かう。警官たちも駆けつけたそのアパートには、怯える住人たちを横目に朦朧と立つ血まみれの老婆の姿があった。すると突然、彼女は手を差し伸べてきた警官に襲いかかり、消防士たちは重傷を負った警官を運び出そうとするが、警察によって外から封鎖され隔離状態となってしまう。やがてアンヘラたちは、このアパートの住人に未知の病原菌が感染拡散していることを知るのだが……。(Allcinemaより引用)


退屈な取材、何か事件が起きないかと持て余すアンヘラとパブロ……そんな気だるい冒頭がじわじわと狂気を帯びた事件が起き、アパートに監禁されるという異常事態に突如として巻き込まれる。この落差が非常に怖い。


そんなに危機はなく、救援隊も送り込まれるが、また一人、また一人と感染してゆく。さらに感染者はなかなか殺せない。どんどん追い込まれていく。そして詰み。

凶暴化するウイルス、走るゾンビ、『28日後』に影響を受けていることがうかがえるが、POV、モキュメンタリーとしての完成度や設定がすごい。単なるサバイバルホラー映画ではなく、サスペンスとしての面白さがあるのだ。



――一体、何が起きているのか?
この謎がインタビューや、送り込まれた救援隊、さらに最上階へ通じることで次第に明らかになる。映画でははっきりとそれに言及されない部分は多いが、振り返ってみると引っかかるキイとなる言動や情報が提示されていた。

まず、この低所得者層の古いアパート。
謎の病気、たまたまいた医者の見習いのギレム、閉鎖されるが外へ出そうとしない景観。インタビューでの謎。

「何か悪いことが起きると思った」――老夫婦
「訴えてやる。新聞社にそもそもの始まりから終わりまで言ってやる」――ジェニフェルの母

アパートの住人たちも謎だ。高齢者、アジア系の夫婦、売れない俳優、明らかにはされないが、何か表には出してはいけない謎・陰謀が絡んでいたからこそ、彼らは住んでいた。

一番怪しいのが、最上階の鍵からすべての部屋の鍵を保有していた研修医のギレム。恐らく彼は感染の原因になる実験に関わっていた主犯であろう。このアパートに住むにはあまりに不釣合いだし、実質上の管理人だったと考えられる。

とにかく単なるサスペンス的に、このゾンビ化現象への謎が次第に明らかになるヒントが散りばめられている。結局は最後まではっきりないが、何度か見返すと謎が見えてくる部分もある。

「誰も住んでいない」と言われた最上階の部屋。ラストでそこに至ってしまう。怪しい実験、意味深な切り抜き記事。悪魔祓い。宗教。流れるテープレコーダー。

なんだか『死霊のはらわた』であったり、新しい手法ながらも過去のゾンビ映画の名作のツボを押さえていて、それを80分のPOVに凝縮したのは驚異的だと思った。

本作の制作費は150万ユーロ。思ったより安くはない。
よく観ているとその手の込みようが分かる。低予算映画ではなく、あえて臨場感やオリジナリティを求めてこの手法を選んだのであって、途中の停電とライト、最後の赤外線スコープまで至る緊張感、闇に消えゆき幕を閉じるそのオチ付けまでは完璧だと思えた。

パニック映画としても、サスペンスとしても、ゾンビ映画としても陳腐ではない極上の一作。

kojiroh

『サンゲリア』(1979年、イタリア=アメリカ)―9.0点。残酷ゾンビ映画の古典


『サンゲリア』(1979年、イタリア=アメリカ)―91min
監督:ルチオ・フルチ
脚本:エリザ・ブリガンティ、ダルダノ・サケッティ
音楽:ファビオ・フリッツィ
出演:イアン・マカロック 、ティサ・ファロー、リチャード・ジョンソン、オルガ・カルラトス etc

【点数】 ★★★★★★★★★☆ / 9.0点

ジョージAロメロの伝説的な『ゾンビ』(1978年)にならぶカルト的人気を誇るゾンビ映画の金字塔が、イタリアのルシオ・フルチ監督による本作『サンゲリア(Zombie2)』。

ありふれたフラグ立ちまくりの展開、冒頭からグロテスクなゾンビ、眼球破壊、陳腐ながらも妙に味のある音楽、苦悩するドクター、狂いだす歯車……とにかくB級ゾンビ映画のツボをすべて抑えたかのような古典的ゾンビ映画がルシオ・フルチのサンゲリアだと思う。


◎あらすじ
ある日、ニューヨーク湾内で奇妙な事件が発生した。漂流中のクルーザー内に踏み込んだ警備船の警官2名が、全身腐乱した男に襲われた。警官1人が犠牲となり、男は全身に銃弾を打ち込まれて海中に姿を消した。クルーザーの持ち主である娘アン・ボールズ(ティサ・ファロー)と新聞記者ピーター・ウェスト(イアン・マカロック)は、行方不明となっているアンの父親を探すため、アメリカ人夫婦ブライアンとスーザンのクルーザーに同乗し、カリブ海に浮かぶマトゥール島へ向かう。だがそこは謎の疫病で死んだ者が蘇り始めていた…。(WIKIより引用)

ゆっくりと迫りくる死者、ブードゥー教の謎。
『ゾンビ』などと酷似している部分もあるが、しかし本作のゾンビの生々しいグロテスクさはショッキングである。古臭いのだが、ウジ虫がわく蘇る死者は、一つの新しいゾンビ像を描き出したのではないか。

特にこの眼球破壊シーンの痛さは郡を抜いている。肉体の部分的破壊を残酷に表現していて、とにかく痛い。えぐいほど出血して、チャチさはあるがグロい。

他にも、サメと戦うゾンビなど実験的なアイディアと挑戦心が盛り込まれている。火炎瓶で燃え上がるゾンビたち。そこまで派手なアクションシーンはなく、それ以上に迫り来る謎と、蔓延するゾンビの緊張感、守り立てる単調ながら味のあるテーマ曲、この雰囲気がいいのだ。


放射能や化学物質ではなく、ブードゥーという宗教的な側面からゾンビの謎を追うドクターと主人公だが、結局は蘇る死者を止めることができない。


ニューヨークからカリブ海へ。
低予算ながらもニューヨークを舞台にゲリラ的に撮影した本作は、ぱっとみは気付かないが色々と突っ込みどころがある。最後のブルックリン橋でのシーンなど、よく見ると下の車が普通に動いていて、完成度的には突っ込みどころが満載。

しかし、なぜか引き込まれる。
完成度の低いラストシーンであるが、それでも本作の救いのない、無限に広がってゆくゾンビワールドを想像してしまう後味の悪いラストが完璧だと思えた。

ルシオ・フルチの恐怖&残虐シーンの描き方も秀逸であるが、それ以上にゾンビという題材を使って、B級でグロテスクでベタな映画の金字塔を作り出した部分に本作の最も評価すべきだろう。

本家『ゾンビ』以上に、すっきりと短い尺でカルト的要素がある『サンゲリア』の方がなぜか愛すべき映画に思えている。

kojiroh

『ゆきゆきて、神軍』(1987年、日本)―9.5点。奥崎、狂気の歴史的傑作ドキュメンタリー


『ゆきゆきて、神軍』(1987年、日本)―122min
監督:原一男
編集:鍋島惇
企画:今村昌平
出演者:奥崎謙三・シズミ夫妻 etc

【点数】 ★★★★★★★★★/ 9.5点

“THE Emperor’s Naked Army marches on”
あのマイケル・ムーアが、生涯観た映画の中でも最高のドキュメンタリーだと語る国際的に最も評価が高いドキュメンタリー映画の一つとして語り継がれる傑作。

5年間の撮影期間を費やし作り上げられた作品で、ベルリン映画祭カリガリ賞など始め、様々な映画賞を受賞した。そんな邦画ドキュメンタリーの伝説的一作を、ふと思い立って遂に鑑賞した。


奥崎謙三は、かつて自らが所属した独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があった事を知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。元隊員たちは容易に口を開かないが、奥崎は時に暴力をふるいながら証言を引き出し、ある元上官が処刑命令を下したと結論づけるのだが……。(wikiより引用)


「暴力をふるっていい結果が出る暴力だったら、許されると…。だから私は大いに今後生きてる限り、私の判断と責任によって、自分と、それから人類によい結果をもたらす暴力ならばね、大いに使うと」
高々と宣言して暴れまくる奥崎の姿は永遠に不滅……と、いわんばかりにすさまじいエネルギーを感じる作品。

奥崎によってドキュメンタリー映画の至高のカタチにまで昇華した奇跡的な映画世界ではないだろうか。私はその狂気のカリスマ像に陶酔するかのように二時間ノンストップで引き込まれて行った。

冒頭の結婚式からどこか狂った奥崎の信念が炸裂する。

しかし『アンヴィル』もそうだが、素晴らしいドキュメンタリーというには奇跡がある。追ってゆく中で、奇跡が起きて、現実に物語が動き出すのだ。それがフィクションで無理やり動かされるストーリー以上の感動がある。

はっきり言って、彼が追求する日本軍の40年前の功罪の真実には、興味深く引き込まれるがそこまで意味はない。それ以上に、過去の罪を背負って生きる人間の現在、そしてそこに神なる暴力で挑む奥崎の姿にこそ意味があるのだ。

もう二度とこんな映画は撮れない。
そう思える様々な要因によって起きた衝動、そして奇跡を本作のフィルムから感じ取ることができた。

しかし、これははっきり言って異常な映画だ。
極端な右翼の男をこうもヒーローのように祭り上げている狂気。プロパガンダのような表現の手法をも感じる。奥崎が善なのか悪なのか――そこは曖昧なところであり、見ているだけでは奥崎が英雄のように思えてしまう。

それでも奥崎の狂気の過激右翼=神軍平等兵としての活動をフィルムに映したことには大きな価値がある。

欠落した小指、洗練された尋問・言葉。暴力。
公私混同したことはない、すべて神のため、宇宙の真理だと言わんばかり。

私はもう「天皇陛下の剥き出しの神軍」を貫き生きた、奥崎謙三のタフネスさを生涯忘れられない気がしている。

kojiroh

『続・夕陽のガンマン』(1967年、イタリア=アメリカ)―9.0点。マカロニウェスタンを越えた名作


『続・夕陽のガンマン』(1967年、イタリア=アメリカ)―161min
監督:セルジオ・レオーネ
脚本:ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ。フリオ・スカルペッリ、セルジオ・レオーネ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演者:クリント・イーストウッド、リー・ヴァン・クリーフ、イーライ・ウォラックetc

【点数】 ★★★★★★★★★☆/ 9.0点

「The good, the bad, and the ugly」
クエンティンタランティーノ監督が自信が選ぶ最高の映画として選ぶ不動のカルトムービーが本作『続・夕陽のガンマン』。

イタリアのマカロニウェスタンの巨匠、セルジオ・レオーネが過去の『荒野の用心棒』などイーストウッドとのヒット作をバネに過去最高の制作費を投じて作り上げた二時間半以上に渡るスペクタクル。


舞台は、南北戦争末期の西部。
ブロンディ(イーストウッド)とトゥッコ(ウォラック)の二人はコンビを組んでお訪ね物と絞首刑から救い出す茶番を繰り返して賞金をかせいでいたが、この商売も次第にあぶなくなってきて、ブロンディはトゥッコを裏切る。復讐に燃えるトゥッコ。その裏側で南北戦争の埋蔵金を巡るエンジェル(クリーフ)の野望が交錯し、三つ巴の地獄の決死が始まる…。

冒頭、『イングロリアスバスターズ』のオープニングに影響を与えたかのようなシーン。会食をするかと思いきや、残酷なエンジェルの仕打ち。草原と荒野、馬、そして銃撃。エンニア・モリコーネの口笛のようなテーマ曲が鳴りひびき、物語が回りだす。

ちなみに「続」とタイトルに付いているが、前作『夕陽のガンマン』とはまったく関係ない。出演陣が似ているだけで、前作とは何の関係もない。

キャスティングは似ているが、『夕陽のガンマン』よりも暴力的で、さらに男たちの友情を徹底的に皮肉り否定するようなダーティーな作風。さらに南北戦争が舞台になることで、まさしく西部劇と戦争映画が融合した究極のバイオレンスアクション・エンターテイメントにまで本作は上り詰めることに成功したのではないか。

本作の最大のキモは、三つ巴の対立構造を見事に描ききった映画であることだ。「善玉・悪玉・卑劣漢」。
この手法はのちのちタランティーノの『レザボアドッグス』や『トゥルーロマンス』に大きな影響を与えることになる。

しかし観れば観るほど味が出る。顔面のアップと広大な自然や舞台を引きで絵画のように撮影して対比する手法や、特にキャラクター設定の巧み。レオーネ監督の集大成とも言える様々な要素が複合されている。

「人間の顔とは地図のようなものだ」
と語るような、しつこいまでの顔面のアップが迫力大。


そして南北戦争を背景とすることで、戦争に死に行く大佐と、橋を爆破することで道を開くシーン。そして戦争の吹奏楽隊が音を鳴らしながら、裏側で拷問を行うバイオレンスなど、とにかく戦争の風刺を交えた西部劇を超えるウェスタンだ。


しゃべりまくるイーライ・ウォラックとクールで寡黙なイーストウッド。
この二人の私欲にまみれた腐れ縁がかつて観たこともないようなシュールな名コンビを作り出した。ビルカーソンを名乗らせてチュッコをはめるブロンディなど、二人の醜悪な騙しあいがシュールで笑える。そして二人を傍観するかのような冷酷なリーヴァンクリーフ。

最後に迫り、モリコーネの音楽と共に墓地を走り抜けるトゥッコ。疾走間と高揚感が入り混じるラストへの道筋は鳥肌もの。


本作ではイーストウッドが善玉であるが、彼自身も卑劣なところがあり、実力者の正義面であるが、結局はこの作品に「善」など存在していない。戦争とは、争いとは、善によって決着が決まるものではなく、勝った者が善なのだと言わんばかりの普遍的なメッセージを感じる。

男と銃と金、そして裏切り卑劣。
汚いテーマで、ただひたすら泥臭い。
絞首刑になりそうなトゥッコ、砂漠から生還してガンショップで強盗をするときの店主とのやりとり、砂漠の中を水を奪われて死に掛けるブロンディ、拷問されて目を潰されそうになるシーンや、トイレと見せかけて列車から飛び降り、暴力的でありつつも無数のアイディアが散りばめられた名シーンの数々。

恐ろしいほど女ッ気がなく男だらけのむさくるしい映画であるが、それがまたハードボイルド。シビれるぜ、セルジオ・レオーネ。

コアな映画ファンを魅了して止まないエッセンスが満載の、マカロニ・ウェスタン屈指の名作であり続けるであろう。

kojiroh

『マルホランド・ドライブ』(2001年、アメリカ)―9.0点。分からないからこそ面白い最高のカルトムービー


『マルホランド・ドライブ』(2001年、アメリカ)―145min
監督・脚本:デヴィッド・リンチ
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
撮影:ピーター・デミング
出演者:ナオミ・ワッツ、ローラ・ハリング、ジャスティン・セロー、アン・ミラー etc

【点数】 ★★★★★★★★★☆ / 9.0点

わからないけれど面白い。力のある映像、映画の世界に引き込まれる。

カンヌ映画祭監督賞受賞を始め、難解な映画ながらも数多くの賞を受賞した2000年以降のリンチの代表作が『マルホランド・ドライブ』。カルトの帝王、デヴィッド・リンチ監督のゼロ年代が誇る傑作と名高いアメリカ映画であり、映画の常識を覆すような整合性のあやふやなエピソードが複数展開される。

あらすじは、
夜のマルホランドドライブで自動車事故が起こり、その事故現場から一人生き延びた黒髪の女性は、助けを求めにハリウッドまでたどり着く。女性が偶然潜り込んだ家は、有名な女優ルースの家で、彼女の姪である女優志望のベティに見つかった黒髪の女性は、ベティに自分が事故で記憶喪失になっていると打ち明け、ベティはリタの失った記憶を取り戻すことに協力するのだが…。


ナオミワッツの若々しい美しさと、ローラハリングの妖艶な大人の美しさのコントラストがまた絶品。

『ブルー・ベルベット』、『ロスト・ハイウェイ』からさらに進化を遂げたと言える、拘りを感じる映像世界がナゾナゾのように広がってゆく世界観。意味不明なようだが面白い。謎の人物が織り成すシュールな世界には分からないが引き込まれる。

ファミレスでの謎の夢、高級エスプレッソを吐き出すお偉いさん、実験的なアイディアを映像化した世界が繋がっている。時系列のバラし方は『パルプ・フィクション』にも似ているようでさらに難解に、曖昧に―。ともかく見ていて楽しく、スリルもあるが、何度も見なければ分からない作りになっている。
(何度見ても分からないかもしれないが)

どこかでこの世界は繋がっている、その接点は一体どこなのか。ファミレス、映画の現場、ダイアンの家、そしてマルホランド・ドライブ。
リンチの作品全般に言えることだが、セリフ&言葉のセンスが素晴らしい。

正直、筆者はこの作品のことをまだ60%も理解していないと思うが、さらなる謎を解くためにもう一度、また一度と鑑賞するであろう映画になるだろう。

中途半端な難解な映画よりも、初めからわからないこと前提で、徹底的な拘りを貫くリンチ監督の哲学とスタイルには、ただただ痺れるばかり。

kojiroh

『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年、アメリカ)―9.0点。ハリウッド版リスベットに圧巻


『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年、アメリカ)―158min
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:スティーヴン・ザイリアン
原作:スティーグ・ラーソン
音楽:トレント・レズナー、アッティカス・ロス
出演:ダニエル・クレイグ、ルーニー・マーラ、クリストファー・プラマー
スティーヴン・バーコフ、ステラン・スカルスガルド、ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン、ベンクトゥ・カールソン、ロビン・ライトetc
【点数】 ★★★★★★★★★☆ / 9.0点

※リアルタイム映画評

フュンチャー監督の最新作『ドラゴンタトゥーの女』を観た。
冒頭からPVのような映像と共に、レズナーRemixの「移民の歌」が大音量でシアターにガンガン。ああ、NINフリークの俺には溜まらんオープニング。

レズナーの新譜を映画館で聞けただけで満足なほどだったが、ただただルーニー・マーラーの主演が素晴らしく、気付いたら2時間半。これは傑作―、と胸が熱くなると同時のこの小説『ミレニアム』の世界観に夢中になっていた。

本作の舞台はスウェーデン。

雑誌「ミレニアム」の発行責任者ミカエルは名誉毀損で有罪判決を受ける。そんな中、かつての経済界の大物一族の長がある依頼をした。40年前に起きた、彼が最も愛した16歳の娘ハリエットの失踪事件の謎を解いてほしいと。やがて彼のもとに天才的ハッカーの“ドラゴン・タトゥーの女”、リスベットが助手として加わることに。そして2人は、一族の忌まわしい過去の謎を明らかにするのだが…。

本作が面白い理由としては、それにしても、まずは原作がいい。天才ハッカーと雑誌の編集者というアウトローに近い高い頭脳を持った存在が、社会の大きな力の闇を暴いてゆくようなそんな構図を、個性豊かなキャラクターが痛快かつ社会的に描いている。個人的にかなり好みだ。

はぐれ者の切れ者2人が巡り合わせて巨大な謎を解いてゆくミステリの王道のフォーマットを辿りつつも、その人物描写、現代性が見事に表現されていて素晴らしい。

そして本作最大の衝撃がドラゴンタトゥーの女、それを演じるルーニ―・ローラ。

最初の登場シーンから既に、シビれるようなカッコよさ。この存在感には圧巻。レズナーが手がける音楽と共に登場してきたこともシビれる要因の一つ。(レズナーとフュンチャーのコンビは昔からずっと続いていて毎度毎度、素晴らしいコラボを見せてくれる点が微笑ましい。)

あまり予備知識なしで見に行ったので、この女優は一体何者だ!?と最初は衝撃を受けた。まさか前作『ソーシャル・ネットワーク』で清楚な女子大生エリカを演じた役者だとは予想だにできず。

タトゥーに始まり、竜のような髪型に顔中のピアス、パーカーを着込んだ現代風のスタイリッシュなファッション性、そしてバイクでの疾走などアクションでも観客を魅了してくれる。気付いたらリスベットに夢中だった。

フュンチャー監督はいつも強烈な個性を焼付けてくれる。
特に、いつもながら、なんであんなカッコよく、PCを使った仕事風景を描けるのだろう。異様に早く鬼気迫るようなタイピングや、頭をフル回転して操作するような場面の迫力。

『ソーシャルネットワーク』での主人公が失恋して猛スピードでプログラムを作り上げる場面での疾走感も素晴らしかったが、本作でもジャンク食を食べながらPCの前でコーラを飲みながらハッキングをするリスベットのカッコよさは尋常ではない。
そんでもって、アップルから協賛貰ってるんじゃないかと疑うほどマックブックがスタイリッシュでクールだ。

脇役にも愛情を感じる。

ヒール役も、それぞれがなかなか強烈なインパクトを残している。

ネタバレになるのであまり不覚は言及しないが、地下の拷問室で流れるエンヤ のオリノコ・フロウなど、残酷な場面に対照的な明るい音楽を流しているあたりも強烈なインパクトを覚えた。

とにかく158分の中に様々なエピソードを詰め込んで濃縮していて、最初は情報過多で困惑しそうだが、このスピード感と世界観に飲み込まれたら二時間半など短いほどに感じられる。


マックブックとコーラ、ジャンク食、タトゥー、バイク、NINのTシャツ、猫、とにかく数え切れないほど小ネタを用意してくれていてもう一度見たくなる中毒性がある映像世界だった。

なんだか歯切れの悪いラストが、後味悪そうでなんともフュンチャーらしい。

しかしそれは彼はセブンのころからそうだが、強烈なキャラクターの個性を惜しみなく描写し、歯切れの悪いラストを迎える。セブン、ファイトクラブ、ソーシャルネットワーク、そういえばすべてそういう落とし方をしている。だからこそ、そのキャラクター造形にハマってゆくのかもしれない。

続編もありそうなラストであったのが、フュンチャー監督、ルーニー主演、音楽レズナーが実現しなかったら劣化すること間違いないので、期待しつつも逆に続編に懸念である。

(そういえば本作はR15ならではのモザイクシーンがあって少し残念。なんかこういう美しい映画でモザイクはいると萎えるなと劇場で初めて感じた―)

ともかく、まとめると今年度No.1の映画キャラはルーニーのリスベッドで決定だろう。

Written by kojiroh

『メランコリア』(2011年、デンマーク)―9.0点。鬱映画の至高


『メランコリア』(2011年、デンマーク)―130min
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:キルスティン・ダンスト、シャルロット・ゲンズブール、キーファー・サザーランド、ブラディ・コーベット、キャメロン・スパー、シャーロット・ランプリング、イェスパー・クリステンセン、ジョン・ハート、ステラン・スカルスガルド、ウド・キア、キーファー・サザーランド etc
【点数】 ★★★★★★★★★☆ / 9.0点

※リアルタイム映画評

「ヒトラーに共鳴する」などと発言したため、カンヌ映画祭から「好ましからぬ人物」としてトリアーが追放された。その映画祭で出品され、主演のキルスティン・ダンストが女優賞を受賞したことで話題の映画が本作『メランコリア』。

『ドッグヴィル』などの実験的なスタイルを見事な演出と脚本で、出演者を輝かせ人間の闇にスポットを当てるトリアー監督の最新作ということもあり、超鬱な映画と話題であったが筆者は期待に胸を膨らませて六本木シネマートに足を運んだ。

ミニシアターであったが、冒頭からの絵画のようなスローモーションの終末の映像には度肝を抜かれた。キルスティン・ダストン、『アンチクライスト』のシャーロット・ゲンズブールをメインに配役して、その表情の迫力には息を呑む。

最初から、ドイツの芸術に影響を受けたような、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』による壮大な響きの下で、まるでオペラの舞台にいるかのようだ。この音楽が一貫してこの残酷な物語を美しく壮大に照らし出す。

さて、そんなメランコリアのあらすじであるが、
広告代理店勤務のコピーライターであるジャスティンは、心の病を抱えていたが、僚友マイケルとの披露宴を迎える。しかし、母ギャビーの反対的な態度から、徐々に奇矯な行動に出て、祝宴の雰囲気が崩壊し始める。そんなジャスティンをなじる姉クレアだが、仕方なく夫のジョンや息子とともに彼女との生活を続けるのだが、惑星の出現と共に不穏な気配が漂い始める…


奇想天外なSFじみた世界を舞台に描かれる鬱病患者の妄想のような世界だが、過去の作品同様、トリアー流にえげつなく人間の黒い感情に容赦なくメスを入れる。ドグマ95的な撮影手法で、息遣いがそのままスクリーンに投影されるかのような過去の作品でも御馴染みの作品をシアターで見ることができたことがまず、大きく感情を揺さぶられる。



冒頭の第一部は、結婚式の披露宴から始まるが、笑顔とキスとパーティーで幸福な場面が描かれるが、すぐに黒い人間模様と、邪悪な予感によって転落する。その様があまりにも鬱っぽく、人間の営みの愚かさを思い知らされるようで、感情をわしづかみにされた。


浮かれたパーティーから一転して残酷な現実を見せ付けられる絶望感は、チミノ監督の『ディア・ハンター』にも通じるものがある。

そして最初は異様なほどハイテンションなジャスティンの笑顔に次第に曇りがかかり、鬱に陥る過程が繊細に描かれる。圧巻の演技を見せるダンストが美しくも素晴らしい。ゲンズブールとの二大主演がそれにしても見事すぎる。完成が鋭く芸術肌で常人ではその考えが理解できないような繊細さを持つジャスティンと社会性が豊かな良識あるクレアの姉妹での掛け合いが哲学的でもある。
「Sometimes I hate you so much」
トリアー監督はどうしてこうも女優を演じさせるが巧みなのかといつも思う。言葉も選び方もさることながら、自由で即興的な演技を徹底しているようで、脚本の構成も多様な伏線を含み、完成されている。その他の小道具や伏線も含めて、よくできた映画だ。

ネタバレになるので深くは言及しないが、惑星が近づき、ワーグナーの音楽と共に、ダンストが月光欲するシーンの神秘的な美しさ、危機が去った後の夫ジョンの行動、クレアの叫び、ジャスティンの悟り。全てが人間の本質を描いている。

まさに傑作―。
同じ年のカンヌで『ツリー・オブ・ライフ』にグランプリを譲ったことは理解しがたい選考であるかのように。

『メランコリア』は暴力描写や性描写などがある映画でもないが、絶望的で憂鬱で、暴力や性を排除しても、こんなに残酷な生を感じられる映画が今まであっただろうか。安易な暴力や流血で見せられる残酷さがいかに陳腐なものであろうことか。

トリアー映画の基本は、人間の「裏切り」だ。
彼自身が生みの母親から受けた告白がそうだったように、薄っぺらい友情や愛情をぶち壊す人間社会の残酷さをこれでもかというほどに見せ付けてくれる。それが人間への「悟り」であるかのように美しく胸に響く。『ダンサーインザダーク』以上に救いのない物語だが、そこまで徹底した欝映画を作れたことに脱帽。

迫り来るメランコリアの美しさは、悟りを開くジャスティンと、あくまで最後まで良識的な人間であろうとするクレアの対比をすべて「無」にしてくれる。終末が近づいてくるその瞬間、私はなぜだか涙を抑えられなかった。

Written by kojiroh

『メメント』(2000年、アメリカ) ―9.0点。ゼロ年代屈指のサスペンス


『メメント』(2000年、アメリカ) ―113min
監督・脚本:クリストファー・ノーラン
出演:ガイ・ピアース、ジョー・パントリアーノ、キャリー=アン・モスetc

【点数】
★★★★★★★★★☆ / 9.0点

製作費900万ドルで作られた低予算な映画ながらも、口コミでどんどん広まり、インディペンデント系で圧倒的な人気を誇った『ダークナイト』のクリストファー・ノーラン監督による初期の代表作。ノーラン31歳という若さで作り上げたのが『メメント』だ。

斬新な構成ながらも完成度の高い本作は、インディペンデント・スピリット賞にて、作品賞、監督賞を受賞、さらにアカデミー賞ではオリジナル脚本賞、編集賞にノミネートされた。

ということで、筆者はそんなにクリストファー・ノーランの作品を見ているわけではないが、近年のサスペンスの傑作として名高い本作は一見の価値ありかなと思い、さっそくレンタルで見ることに。


本作のあらすじは、
ある日、主人公・レナードの妻が、自宅に押し入った何者かに殺害される。レナードは現場にいた犯人の一人を銃で撃ち殺すが、そのときの外傷で、10分間しか記憶が保てない病気になってしまう―。復讐の為、犯人探しを始めたレナードは、自身の体にメモをする事によって記憶を保つよう注力する。しかし、それでも目まぐるしく変化する周囲の環境に困惑し、疑心暗鬼にかられてゆきつつも、謎の男、ジョン・Gを追うのだが―。

ポラロイド写真と、写真だけでなく体中に書かれたメモ。謎が謎を呼ぶような展開で、冒頭から驚くほどのスピード感で物語が進み始める。

最初は謎な構成の物語に違和感を覚えるが、だんだんと物語が時空とは逆方向に流れて行くことしり、10分で記憶がなくなる男が織り成すメメントの世界に入り込んでゆけた。

この緊張感、だれが信じられるのか?スリル満点で物語の謎が明らかになってゆく手法は圧巻である。

小道具の使い方も面白く、つばの入ったビールや、ポラロイド、タトゥー、ベンツ、服、などなど、作り手のヒントのアイディアが満載。ノンストップで迫ってくる迫力もいい。

一体、何が真実で何が嘘なのか?
人はメモだけで生きて行けるのか?
さらには僕らが生きている記憶の本質とは何か?
現実と虚構が行き違うつつも、しっかりと筋に沿って、論理的に構築されたその世界観は完全オリジナルだと思った。『インセプション』などの近年の傑作へも通じるノーランの原点がしっかりと凝縮された世界だ。

どことなく、近年のヒット作の『バタフライ・エフェクト』も、本作に影響を受けているように思える。記憶と、それによって物語が変動してゆくような、ゲーム感覚にも近い虚構世界を舞台にした物語の最高峰であろう。

物語の謎をもっと明確にするために、もう一度、さらにもう一度と見たくなる傑作であった。

Written by kojiroh

『ドッグヴィル』(2003年、デンマーク)―9.0点。ゼロ年代屈指の実験映画


『ドッグヴィル』(2003年、デンマーク)―178min
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:ニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、クロエ・セヴィニー、ローレン・バコール、ステラン・スカルスガルド、ジェームズ・カーン、パトリシア・クラークソン、ジェレミー・デイヴィス、ベン・ギャザラ、ウド・キア、ジャン=マルク・バール、フィリップ・ベイカー・ホール、ジョン・ハート

【点数】
★★★★★★★★★☆ / 9.0点

『ダンサーインザダーク』の巨匠、ラース・フォン・トリアーとニコール・キッドマン主演というカンヌ映画祭でもコンペ部門でノミネートされた話題作。

小説のようにチャプターをしっかりと定め、ジョン・ハートのナレーションと共に物語が進む。アメリカを舞台にした、のちに『マンダレイ』に続く3部作の第一作とされる。


舞台は、大恐慌時代。ロッキー山脈の廃れた鉱山町ドッグヴィルにて、医者の息子トムは将来は偉大な作家となり、彼自身の道徳を人々に伝えることを夢見ていた。そんなある日、ギャングに追われた美女グレースが逃げ込んでくる。トムは追われている理由をかたくなに口にしないグレースを受け入れようとするが、いつの日か町の住人の態度が次第に身勝手なエゴへと変貌してゆく…。

特に衝撃的なのが、床に白い枠線と説明の文字を描いただけの舞台。そこで撮影され、映画のセットを排除し、舞台劇をそのまま生で移したような映画である点だ。

最初は違和感があるが、慣れてくると、周りの背景にごまかされない俳優の演技をとことん堪能できる意味では、特異な成果を成した実験だったのではないかと思える。とにもかくにも後にも先にもこんな映画は観たことがない。

その実験性と共に、ドグマ95的な自然光と自然録音、手取りに拘った演出が相乗し、生々しいリアルな演技をフィルムに写すことに成功している。



後に『ドッグヴィルの告白』という、本作の制作を追ったドキュメンタリー映画が作られることになるほどに、過酷な現場であり、今後の三部作に全て出演予定だったキッドマンが本作で出演を終えてしまうことになるほど。

ポールベタニーの村人の前での演説での迫り来るカメラワーク、そして息遣い、あとは色々な労働に従事したあげくに最後は疲れ果てた様子になってしまうのだが、それも含めてニコール・キッドマンの美しさがすばらしい。食事や仕事のシーンなどでも実際の実物は用意せずに、全て身振り手ぶりで表現するのだが、それによって周りの風景に邪魔されずに役者が見られる効果を生んでいる。

しかし余談ながら、本作でも特段の悪役を演じる登場人物の名前が「ビル」であることがダンサー・イン・ザ・ダークでも言えることで、この名前に監督自身の何か思い入れがあるのかもしれない。

本作のストーリーを詳細に語りたいところであるが、あまり言うと鑑賞の面白みがなくなるので深くは言及できない。
しかしテーマが何よりも深い。よく練られた脚本の中で、人間と人間が生活して村を成す、その閉鎖性、集団真理がもたらす人間のエゴと残酷な心理描写には息を呑む。そして最後には、「傲慢」について考えさせられる。正しいことが分かっていながら謙虚になりすぎるのは寛容なのか、それこそが傲慢なのか。人類普遍のテーマンガあった。

全9章、178minと3時間近い長い作品であるが、じわじわと牙を向き始めるドッグヴィルには目が離せなかった。ラストの衝撃を考えると、もっと長くてもよかったとさえ思える。

実験性や脚本、演出、全てにおいてもゼロ年代を代表する最も成功した実験映画の一作であることは言うまでもない事実であろう。

Written by kojiroh